ナマエ・ミョウジ、16歳、補導歴あり、保護観察処分中。母親は男と蒸発、父親の顔すら知らない。雨風しのぐ場所はあるし、稼ぐための仕事もある。時間を過ごす仲間もいるし、ちょっかいを出してくるお巡りもいる。どんずまりの世界でそれなりに楽しんでる。

パブでの仕事が休みなので、ベッドに寝たままぼーっと煙草を吸す。開けっ放しの窓から、路地で遊ぶ子供の声が聞こえる。良い日だ。と、ドアをノックする音が響いた。誰だろう、ジョナサン?いや、あいつは今日はサッカーの試合を観に行くって言ってた。C.J.?彼宛ての荷物は預かってない。ああ、じゃああの女だ、と太った保護観察司の姿が頭に浮かぶ。

「ちょっと待って!」

ドアに向かって叫んで、ベッドのサイドラックに置いた灰皿にタバコを擦り付けて引き出しにしまう。床に転がったビールの空き瓶を足でベッドの下に転がす。キッチンのテーブルの上の煙草似のそれもかき集めて、クッキーの空き缶に詰め込む。

「必要なことだけ話して帰って」

力任せにドアを開けて脅すように言う。あの女が怯めばいい、と思ったけど、そこにはあの女よりずっとスマートな男が立っていた。

「とんだ歓迎だな」
「ああ、もうそんな時期」

私の部屋の上に部屋を借りてるこの男は、夏の数週間だけこのアパートメントに住んでいる。全寮制の学校に行っているらしい。身なりや持ち物から察するに相当なボンボンの息子。そんな男がこんな所に部屋を借りてるのも、家族を異常に嫌ってるでついに家を出るまでになったと、越してきた夏に聞かされた。そのくせこのボンボンはそれはそれは大切に育てられたらしく、お金の数え方も、コンロの使い方も知らなかった。ほぼひと夏がかりで、シリウスにひとりで暮らすためのいろいろを教えた。お金の扱いは知らないくせに、額だけは持ってたので、賃金として貰った。

「とりあえず、なんか食わせろ」
「お金」
「…ちっ、ほら」
「まいど、フクロウは入れないで」

部屋に大きな荷物を持ったまま入ろうとするので、脛をけっ飛ばす。荷物を抱えて階段を上るのを確かめてから、キッチンへ向かう。いつ買ったか忘れたパンを二三切れ袋から出してピーナッツバターを塗っていれば、ドアが再び開き身軽になったシリウスが入ってきて、キッチンの椅子に座る。冷蔵庫から出した赤い炭酸の缶を投げて、パンの皿をテーブルに置く。

「これしかねえの」
「嫌なら自分で買えば?」
「俺が買い物嫌いなの知ってんだろ」
「いちいちお坊ちゃんのことなんか構ってらんない」

そう言ってやれば、黙って食べ始めた。サイドラックから煙草を持ってきて、キッチンに寄りかかりそれを吹かしながら、シリウスが食べてる姿を眺める。身長も伸びだ。髪も伸びた。良いこと、良いこと。

「足りねえ。このクッキー食っていい?」

平らげたシリウスはテーブルの上のクッキー缶に手を伸ばして、勝手に開けた。

「…なんでこんなとこに煙草入ってんだ?」
「いや、あんたのノックが保護観察のおばさんかと思って、とっさに」
「はあ?」
「見つかったら、保護観察じゃすまなくなるからね」
「たかが煙草で?」
「それ、煙草じゃないから」
「じゃあ何」
「…もっと良いやつ」
「へえ」

面倒なので適当に説明すれば、逆に興味を持たれてしまった。引きそうにないので、金額を吹っかけて、一本渡す。私も、吸ってた煙草を止めて一本咥える。ポケットからライターを取り出して、それぞれに火をつける。吸い方をレクチャーすると、シリウスは一度むせてから、とろんとした目になった。

「なんだ、これ」
「いいでしょ」
「なんかくらくらする」

眉間にしわを寄せてこいつに怪訝な顔をされた。いやいやこれ値段するんだから、楽しんでよ。

「俺、これ好きくない」
「そ」

好きくないって、文法大丈夫?たぶん、効果が出てきたんだろうなと思う。良いこと、良いこと。ちゃんと吸えば楽しいから、ともう一度吸うお手本を見せる。舌がゴムのような感じがしてきた。