俺はね、ナマエじゃなきゃだめなのよ、と言えば、私なんかより先生にはもっと似合う人はいるでしょう、と相手にしてもらえなかった。俺に似合うってどんな人よ、ローテーブルを挟んで向かいのソファーに座って詰め寄った。彼女はうんざりしていたように、パソコンに向けていた視線を俺に投げた。

「大人っぽい人。化粧とか服とか垢抜けて、きれいな人とか」

あらかじめ用意されていたような答えだった。邪魔しないでくださいね、あんまり話掛けられるとまとまる資料もまとまりません。そう言って、彼女はパソコンに向き合った。担当の俺が言うのもあれだが、本当にできた学生だ。彼女をゼミのチューターにして正解だった。きちんと仕事をしてくれる。

「例えば誰よ」

懲りずに話しかけると、きつい視線を送ってくるが、きちんと答えてくる彼女は人がいい。事務員のだれそれとか、准教授のだれそれとか非常勤のだれそれ。どれも年取りすぎてる、なんて冗談っぽく返すと、どの方もあなたより若いです。でも君より全然おばさんじゃない。私は学生ですよ?あの人たちがおばさんなんじゃなくて、私がこどもなんです。俺はこども好きだよー。なんかいいよね年の差とか、それに学生と教授なんてなんか禁断っぽくて燃えない?俺もよくこんなこと言えるな、なんておかしいく思ったが、彼女はユーモアとは捉えていないらしく、表情は軽蔑でひきつっていた。

「この際、先生の倒錯した考えは聞かなかったことにするので、お願いですからその妄想に私を巻き込むようなことしないでください」
「いいじゃない、俺とナマエ。俺アラサーだけど、ばりばり現役よ?こないだも、講義のあと告白されちゃったし」

ほらあの子、ゼミのグループリーダーやってる子。あれは誘惑だったね。

「そうですか、じゃあその子でいいじゃないですか。大人っぽいしぴったりですよ。メイク綺麗だし、おしゃれだし」
「なんで学生って、ああいうのが大人っぽいって思うかな」

この年代の子たちは、どうもブランドものをやたらとひけらかすように持ちたがる。どうせ高い学費を払っている親についでに買わせているか、貢いでくれる彼氏か気前のいい「パパ」でもいるのだろう。そしてこぞって、明るく染めてくるくる巻いた髪と、大胆に引いたアイラインで男が寄ってくるとでも思っている。ああいうのに、そそられるものはない。興ざめ。あんなのはバービー人形のドレスをきたシルバニアファミリーくらいちぐはぐだ。

「俺的にはねえ、ナマエみたいな、ぱっと見て高くないだろうなって分かる服とか、クマをごまかすためのコンシーラーとか血行の悪い唇隠すための口紅のがいいわけ」
「…それ、私に対する中傷ですよ」

ははは、馬鹿だな。彼女のように利子つきの奨学金で大学に来て、アルバイト掛け持ちして毎月やりくりしてる学生のほうが、「大人っぽい」女子学生なんかよりよっぽど自立して大人だ。食費があんまりないんだろうなと思わせる痩せた身体とか、目の下にクマを作っても休まずに居眠りもせずに講義に出席するその姿勢とか。

「俺がいいなって思うナマエのところ。ていうか、そそられるとこ」
「先生、それ以上なにか言ったら、正式に大学側にセクハラで訴えます」

ああ、引かれてしまった。しょうがない、今日はこのくらいにしよう。ソファーから立ち上がって、自分のデスクに戻って読みかけのデータにでも目を通そうか。最後にちらりと、パソコンに向かっている彼女の盗み見れば、自然な栗色の髪の間からほんのり色づいた頬が見えた。こりゃあ、彼女が落ちるのも時間の問題だ。無駄に2年間ナマエをゼミで指導してたわけじゃないんだよ。