※色々注意











シャワーを浴びようと、服を脱ぐ。バスルームの鏡に年相応の女が立っていた。年をとって、艶もハリもなくなっている。口許にうっすらしわができて、最近ではアイラインを引くのが難しくなった少し垂れた瞼。重力に逆らえなかった乳房と臀部。脂肪を蓄え始めたウエストと二の腕。十代のころ、風になびいていた髪は、色あせきしんでいた。ああ、これはまさしく私だ。

シャワーの下に立ち、コックをひねると冷水が降り注いだ。かさついた肌が総毛立った。目を閉じ仰ぎ、水が良く顔に当たるようにした。ひどく感覚が鋭くなるような気がした。一滴一滴がどこに落ちていくか分かるよう感覚。鼻をすすれば、微かに主人のシェービングフォームの匂いが分かった。瞼の裏で、十代のころの自分をまさに今見ているくらいありありと思い返せた。耳を澄ませば聞こえる。排水溝に飲み込まれていく音。呼吸をするたびに鼻孔と気管に空気が触れる音。そして、階下からの物音。

一瞬にして現実に引き戻される。主人は出張中で、子供も友達の家に泊まりに行っている。真夜中のこの家は私一人きりのはずだった。強盗だろうか。それとももっと悪いことが起ころうとしているのか。肩が震え始める。

どれくらい経っただろう。足音が階段を登ってくる音がした。近づいてくる。きっと侵入者の耳にもこのシャワーの音は聞こえているだろう。警察を、呼ばなければ。扉のひとつ向こうのベッドルームに電話がある。侵入者がこちらに来る前に、電話をしよう。冷水を浴びすぎてかじかんだ身体を何とか動かす。音を立てないように壁にかかっているバスローブを羽織った。ドアに耳を澄ます。静かだった。二階に来るのをやめたか、他の部屋にいるか、はたまたもういなくなったのか。はたして、そうだろうか。分からない。けれど、確かめなければ。そして必要があれば助けを呼ばなくては。心臓がひどく早く鼓動しているのを感じながら、そっとベッドルームへのドアを開けた。

ああ、神様。私は殺されるのだろうか。彼の目的はなんだろうか。ドアの向こうで、主人と寝ているベッドの端にこちらに背を向けて座っている男の背中を見て、涙があふれた。声にならない嗚咽が漏れた。電話のコードが男の足元まで続いていた。見えない背中の向こうで男の手が電話を握っているのが分かった。

「…何でも持って行って。何でもする。通報もしない。だから、どうか殺さないで」

せめてもの命乞いだった。囁く声でも、この静かな部屋なら男の耳にも届いているはずだ。

「もちろん殺さないよ」

忘れようもないあの穏やかな声。振り返ったのは、リーマス・ルーピンだった。月明かりだけの暗い部屋でも彼が老け込んだのが分かった。それでも、彼の瞳の色は相変わらず十代のままで、涙がさらに零れるのを感じた。

「その涙は再会に感動して?それとも私に見つかったから?」

彼はベッドから立ち上がり、首を傾げてこちらに歩み寄った。目の前に立たれて、恐怖で固まっていた足ががくりと歪んだ。彼はそんな私を見下ろして笑った。

「残念だったね、私で」
「――――て…」
「なにかな?」
「…殺して」

慟哭しての懇願だった。床に置いた手に涙が落ちていった。

「殺さないでとか、殺してとか、忙しいな君は。せっかくの再会だから、楽しまなきゃいけないよ」

うつむいた私の顎を掴み、無理やり彼と視線を合わせられる。

「それに、いつから君は私に指図できるような立場になったんだ?いつも命令するのは私だったろう。それに、いまでもそれを変えるつもりはないよ」

あの学校での彼とのことは悪夢としか言えなかった。彼は私を奴隷のように扱い、ときには奴隷以下の扱いをした。彼は誰よりも残酷な悪魔だった。だから、卒業と同時に彼のいるあの世界から逃げた。マグルの世界で、履歴書に掛けるようなまともな学歴も経歴も資格もないまま、なんとか仕事を見つけた。この人とだ思えるマグルの男性と結婚し、子供まで持てた。ひっそりと夫と息子と暮らせるだけでよかったのに。私にはそれだけでよかった。それなのに。

「こんなにも長い間私から隠れてるなんて、殺してやりたいけどね。やっと見つけたことだし、いくつか、してもらいたいことがあるんだ。―――まずは、そうだな、口でしてもらおうか」

そういって彼は私の濡れた髪を撫でた。もう私にはなにをする力もなかった。床の上で崩れ落ちて泣いているだけの醜い老いた女だった。いつまでも何もできないでいると、彼は私の手を艶のない靴で蹴り、髪を引っ張り彼のズボンの前に近づけた。

「早くしてくれないかい?できないなんて言わせないよ。昔はとってもうまかったじゃないか」

震える手で彼のズボンに手を掛ける。シャワーでかじかんだ手でなんとか彼のそれを取り出す。もう二度と見たくなかったそれは、すでに太く大きく熱い塊になっていた。唇でその質感を感じて、それ以上ができなかった。夫とは最近子育てを優先していたし、それまでも口ですることを求めることはなかった。彼は両手で私の頭を包んでいた。逃げることも、拒むこともできなかった。私は口を開きそれを含んだ。

「………!」

思い出したくもないのに、私の口は彼の熱を質感をはっきりと覚えていた。嫌悪と恐怖で、歯が震えた。

「歯、立てたらどうなるか分かるよね?もっと舌使って」

彼の言う通りしてみても、うまくいかなかった。彼が低いうなりを上げた。そして、私の頭を力いっぱい前後に動かした。口の奥まできたそれに、声にならない悲鳴が上がった。

「せっかくだし、何か話そうか。まあ、君は話せないけどね」

自分の言ったことに笑って彼は続けた。

「君、8年前に結婚したんだってね。リビングで写真を見たけど、優しそうなマグルじゃないか。それに最近昇進したらしいね、マグルの仕事は詳しくないけど、なかなか世の中に貢献してるみたいだね。それに、息子、父親似か。スポーツのユニフォームが似合ってたよ」

まるで、よく息子が学校で習ったことをそっくり私に話すときのような得意げな口調だった。

「ああ、息子と言えば、私も最近結婚したよ。いま妻は子供を授かっていてね。私が、親になるってなんだか不思議な気分だ」

そう話す間も、彼は私の頭を掴む手を休めなかった。こんな人が人の子の親だなんて、信じられなかった。

「妻はすごく僕を思ってくれていてね。まさか私が結婚できるなんて思ってなかったから、本当にかけがえのない存在だよ。でも、子供ができたってきいたときは、正直背筋が凍ったね。もしかしたら、最愛の女性の中にいるのは僕に似た獣かもしれないからね。今は受け入れているけど。で、思ったんだ。僕の欲は彼女じゃない人間に吐き出そうってね」

すらすらと語る彼が怖かった。狂っていると思った。

「それで、君を思い出したんだ。ほら、学生時代よくしてもらっていたから。マグルに紛れ込んでてなかなか見つけられなかったよ。でも、やっと見つけたからね」

―――またふたりで楽しもうよ。彼はのどを鳴らして笑っていた。さらに奥まで差し込まれるそれが、震えた。舌の上に昔から知っている生臭いものが吐き出された。彼はそっと自身を抜いて、私に向かって囁いた。

「早く飲んで。次はベッドでしよう」