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裏切者は踊り出す



その日は雨も降らず、雷だけがよく鳴り響いていた。
何かの警告のようでもあり、何かが誕生する前兆のようなそんな夜。
こんな日に好き好んで外へ出るわけもなく、皆船内で思い思いに時間を潰して過ごしていた。
春夜もまたその一人で、この船に乗船した際に宛がわれた自室のベッドの上で身体を休めている。
腕を頭の後ろで組み、足を投げ出してくつろぐ今の彼女に普段戦いで見せる冷血無慈悲の鬼の副船長の面影など一つも無く、ただ一人の女性のようだった。
何故そんな人間が海賊船で優雅にくつろいでいるのかと何も知らない者が見れば疑問に思ったことだろう。
だが彼女は歴とした海賊で、食堂へ酒でも強請りにいこうかと、のんびり考えていたとしても周囲で異変が起こればすぐに身体が反応を示し出す。

「っ!?」

何の前触れもなく、ぞわっと自分の見聞色が感じ取った違和感。
焦燥感、動揺、歓喜。
誰かの乱れた感情が一挙に春夜の心へ雪崩れ込み、反射的に飛び起きた彼女は思わず自分の心臓を押さえた。
ドロドロとした強い感情がこちらの心も乱してくるようで何だか気持ちが悪い。

「ピィ!ピピッ!」

すぐ横で愛鳥のハクが甲高い鳴き声を上げている。
どうやらハクも何かを感じ取ったようで、肩に乗せれば背中が隠れるほど長い尾をゆらゆらと忙しなく動かしている。

「落ち着け、ハク」

大丈夫だから、と頭を一撫でしてやると少しだけ落ち着いたようだった。
だが、のんびりはしていられない。

「少し船内の様子を見てくる」

先程から警鐘が自分の中で鳴り続けて止まらない。
何か、何か変だ。
妙な胸騒ぎに急かされながら、春夜は近くに立て掛けてあった刀と衣桁に掛けてあった羽織りを引っ掴む。
そんな彼女の様子に着いていこうとハクも寝床から起き上がったが、それを春夜は許さなかった。

「お前はここで大人しくしてな」

暗に、付いてくるなと告げられた言葉に不満気な声を漏らしたハクだが、彼女の足手纏いになることは絶対にあってはいけないという信条を掲げている彼は渋々ながらも了承する。
再び身体を横たえたハクに春夜は、

「心配するな。あとでお前の好物のブドウ持ってきてやるから」

と言い聞かせて、羽織に袖を通しながら自室のドアノブへと手を伸ばした。
雷鳴は未だ鳴り止まない。




****




話があるから一人で来てくれとティーチに言われた時点で奇怪しいと気付くべきだった。
いや、そもそも悪魔の実自体をのこのこ持ち歩いたりせず、自室の保管庫にでも入れてここに来るべきだったんだ。
じわじわと血を溢れさせる腹部を押さえながら、サッチは目の前で愉快に笑んでる男に歯痒い思いを感じた。

「ティ…チッ!…テメェ…っ、何しやがる…!!」

呼吸をする度、激痛が身体中を襲い言葉を紡ぐのもやっとだったが、叫ばずにはいられない。

「ゼハハハハ!!ついに…!ついに手に入れた!!」

狂ったように笑い声を上げながら、奪い取った悪魔の実を天高く掲げるティーチ。
白ひげ海賊団のルールではサッチが発見した時点で彼の所有物となった筈の悪魔の実を、掟を破ってでも無理矢理自分のものにしようとするその姿は異常とも言える執念が伺い知れた。
親友に手を掛ける事など意にも介さないほどに。
それほどまでに、悪魔の実とは人を変えてしまう代物なのか。

「っンの、やろ…が…」

痺れてきた唇に構わず、強引に動かしてみれば出てきた声は情けなくも震えていた。
血を流しすぎた所為だろう。
視界にある景色がスーッと遠退いていくような、ぐるぐると回っているような感覚にサッチは気分が悪くなったが、今気を失えば確実に自分の人生も終わりを告げることは分かっていたので、何とか気力だけで意識を押し留めた。

(せめて、誰か気付いてくれりゃあ…!)

そんな一縷の望みに縋ろうとするサッチに対して、目の前の男は容赦なく吐き捨てる。

「助けを呼ぼうとしても無駄だぜ?さっきの宴会で、この船の奴らには一服盛らせてもらったからなァ!」
「っ!?」

邪魔が入られると困るしよォ、と少しも悪怯れる様子もなく言ってのけたティーチに愕然とした。
昼間、無鉄砲にもうちに喧嘩を売ってきた馬鹿な奴らがいたのだ。言うまでもなく白ひげ海賊団の圧勝に終わり、夜は祝賀会を催したのだが、そこで振る舞われていた酒や料理にコイツは毒を混ぜたという。何の躊躇もなく、平然と──。

「そこまで、っ…するのかよ…?」

この男は、ホントに俺が知っているティーチなのだろうか。
まるで信じることが出来ず、色々な感情が溢れてきては頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜていくようだった。
意識も半ば朦朧とし始めてきた──その時、

一陣の風がすぐ側を走り抜けた。





「ぐぉっ!?」

ガッ、という鈍い音と共に走った腹部への衝撃に、堪らずティーチは後ろへとたたらを踏んだ。
痛みを訴える鳩尾を手で庇いながら前に視線を向けると、宙に浮かせていた右足を地面に戻しながらも、ぎろりとした鋭い眼光はそのままにこちらを睨み付ける春夜と目が合った。
足を構えていた所から、自分は彼女の凄まじい蹴りをその身に受けたのだと覚る。

「っ、春夜…」

背後で聞こえた掠れ声に束の間サッチの様子を伺った春夜だが、彼の縋るような目付きに何が言いたいのかを察してニコリと笑いかけた。

「安心しろ。異変に気付いたマルコが対処に当たってるよ」

暖かく穏やかに告げられた彼女の言葉は、仲間達の一大事で不安に襲われていたサッチの心を優しく解きほぐす。
そして、

「…見回りにきて正解だったな」

再び目の前のティーチへと向けられた春夜の双眸には、今まで彼女が戦場で垣間見せていた氷のような冷めた殺気が孕んでいた。
紅玉の瞳がすうと細められるだけで、空気がひやりと冷えて、重たくなっていく。

「で? これは何のつもりなんだ、ティーチ」

腰に提げた刀に手を添えて、弁解くらいは聞いてやるよと言う春夜だが、どんな言い分でも仲間を切り付けた事実が変わるわけではない。
彼女も、無体を働いたティーチを許す気は更々なく、その表情は怒りの色に染まっていた。

「ゼハハハ!!弁解も何もねェぜ、春夜副船長!見た通りの状況だっ!」

見た通りの──。
それはサッチを手に掛けようとした以外の事も勿論含まれるんだろう。
ここへ来るまでに見掛けた体の不調を訴える複数名の船員達。
明らかに泥酔の症状とは違った苦しみ方に、真っ先に毒を疑ったマルコがその場の陣頭指揮を執ってくれたのだが、あれもティーチが原因だったというわけだ。

「そうか…。ニューゲートを裏切ったんだな」

言うが早いか、一息に刃を鞘から引き抜いた春夜は、切っ先をティーチへと躊躇わずに向ける。

「お前は今ここで殺してやるよ」

裏切り者に容赦など必要ない。





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