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毒を食らわば皿まで



人とは案外、繊細な生き物だ。
それまで平気だったものが、些細な事を切っ掛けに蛇蝎のごとく嫌悪し始めたりするのだから。
例え、何の変哲もない無害なものであったとしても、その人にとっては強烈で凄惨な『猛毒』でしかなくなるのだ──。







「女で甘いものが苦手って珍しくない?」
「そうか?」

唐突に開催された白ひげ海賊団内による神聖な女子会はホワイティベイ発案の下、副船長の春夜の自室で行われる事となった。勿論、話し相手として白羽の矢が立てられたのはこの部屋の持ち主の春夜であった事は言うまでもない。
そこでまず知り得たのは彼女の思わぬ嗜好についてだ。ホワイティベイは驚きについつい自分の目を丸くさせる。
当の本人はお茶請けに出されたお菓子の中から比較的甘くない、卵とベーコンのキッシュを選び取り、口に運んでいる。
甘くないと言っても材料に生クリームが入れてある筈のそれは、アフタヌーンティー時によく供されるサンドイッチやフィッシュアンドチップスと比べると程よく甘さがある。案の定、春夜は数回咀嚼した後、思いっ切り顔を顰めていた。

「まあ昔は、苦もなく食べてた事もあったけどな」

残りのキッシュが乗った皿を遠くに退けながら、春夜は溜息を一つ零す。
そう、昔は金平糖だろうが、菱餅だろうが、冷やし飴だろうがよく食していた。
それがある時を境に食べられなくなってしまった。
原因は分かっている。だが、どう話したものかと春夜は悩んだ。
悩んだ末に春夜は、

「なぁ、ホワイティ。もしこの中の菓子のどれかに猛毒が入っていたとする。それをアンタは知らずに食べてしまった」

と、例え話を出してみる事にした。
ご丁寧にテーブルに並べられていた色取り取りの菓子の中から一つの赤いボンボン菓子を手に取った春夜は、ホワイティベイの視界でチラつかせてみせる。

「気付いた時には全身に毒が回った後で、急いで吐き出してみたが気分の悪さは変わらない。嘔吐や息が上手く吸えない苦しさに襲われ、意識が遠退く恐ろしさに悶えながら、幾日も生死の境を彷徨い続ける」

今の例え話からすると、春夜の言う “ 猛毒 ” とはそのボンボン菓子に当たるという事なのだろう。
徐ろにボンボン菓子をホワイティベイの受け皿へと置いた彼女はにこやかに問うた。

「さて、そうして苦難を乗り越えた先、何とか奇跡的に生き残ることが出来たホワイティは、今後躊躇なく菓子類を食べる事が出来るか?」

何の迷いも抵抗もなく、以前と同じように甘いものを口に含む事が出来るのか。
春夜の問い掛けにホワイティベイは少し考え込む素振りを見せてから、

「無理ね」

と言い切った。
春夜は「だろ?」とホワイティベイに返しながら、目の前の紅茶を一口飲む。無論、砂糖抜きのストレートで。
ホワイティベイが厳選したその茶葉はとても香りが良い品で、口の中に爽やかな渋味と共に芳ばしい香りが同時に広がった。先程まで語った重い内容の所為で強張っていた筈の春夜の身体も自然と力が抜けていく。

「難儀な身体ね。夕飯にデザートが付いた時はあたしに言いなさい。全部食べてあげるから」

甘いものは大好きなの、と満面の笑みを向けるホワイティベイは、この場を和ますつもりで提案したのだが、春夜にとってはそうではなかったようで、彼女はにんまりと口の端を上げて喜んだ。

「なら、これを頼めるか」

そう言って春夜は、今の今まで脇机に置かれていた一つの紙箱をホワイティベイに差し出した。
ボルドー色のオシャレな店名が書かれたその箱は、ホワイティベイにとっても見知った、そして中々の人気っ振りの為に巷では入手困難と謳われている有名な茶菓子。

「そ、それは!シュークル・ブランのカヌレじゃない!!ちょっと、どうやって手に入れたのよ!?」
「とある人から贈られた物だが、私にはどうにも甘過ぎてな。相手にもそう伝えたんだが、どうしても受け取って欲しいと聞かなかったんだ」

春夜は入手経路をスラスラと答えながら、流れる動作で空いた皿の一つに中身のカヌレを添えた。それをフォークとナイフと共にホワイティベイの目の前へと置いてやる。
こうなれば、ホワイティベイに断るという選択肢は出て来ない。

「なら遠慮な──」

嬉々としてカトラリーを持ち上げたホワイティベイの手が不自然に空中で静止する。
何故なら彼女の視界に、その “ とある人 ” とやらの名前が書かれたメッセージカードが映り込んだからだ。
紙箱に添えられただけの何の変哲も無いメッセージカード。そこに書かれていたのは、白ひげ海賊団では一番隊隊長で有名な男の名前で──。

「ほら、全部食べてくれるんだろ?」

悪魔のような笑みを浮かべて催促する春夜に、ホワイティベイの口の端が引きつった。

「……一つ質問していい?その、とある人って…」
「ああ、ホワイティの想像通りの人物だとも」

それを聞いたホワイティベイは持っていたカトラリーを静かに皿の上に置いた。





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