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盛者必衰



人の命とは脆く、儚く、簡単に消え逝くものだ。
触れれば一瞬で崩れる細かい砂細工のように。
人の吐息で簡単に消える蝋燭の灯火のように。
路傍で容易く踏み潰されていく虫螻のように。
蹂躙され、屠畜される。


ゴブリ、と真っ赤な血が泡を立てた。
最後の足掻きに筋肉が脈動した所為で、中の血管から血液が押し出されでもしたのだろう。その反動でパカリと割れて頭蓋から曝け出されていた脳が、ぶるりと震えた。
それを見て、まるで寒天のようだなと思った。
他人事のような捉え方だが、そう思う自分が確かにいるので仕方がない。
ヒュン、と刀を振り下ろした。その途端、寒天の隣で虫の息だった人間の身体が二つに割けた。

「かはっ…」

一息に肺の中の空気を吐き出させ、そして絶命した人間を冷たく見下ろす。
数刻前まで、威勢良くニューゲートの罵詈雑言を吐いていた人間とは思えない呆気無さだった。

(こんなにも弱いというのに、よくニューゲートに喧嘩を売ろうとしていたものだな)

何という海賊団だったのかも既に思い出せない。だが、二十余名の破落戸の命が消えたことは紛れもない事実だった。
春夜は重くなった刀を血振りで軽くする。ビシャと勢いよく飛び出した血液が地面を濃い色に染めた。

「化け物め…」

ぼそりと聞こえたその声に春夜は視線を向ける。
近くの樹木からだった。正確にはその下で上半身を預けて荒い呼吸を繰り返す男から。
彼は憎々しげにこちらを睨め付けて、けれども指一本分も力が入らぬ様子だった。身体中血塗れになっている事から血を流し過ぎた所為だろう。
春夜はフッと笑いながら、男に近付く為に一歩足を前に出す。瞬間、ぐじゅっという音が足元で聞こえてきた。見れば元は人間であった筈の肉塊が潰れていた。
春夜は構わず歩き続ける。

ぐじゅっ、びちゃ、ぐちゃっ。

歩く度に鳴り響くそれを男は不快げに顔を歪ませながら聞いていた。
そうして歩き続けた先、男の目の前でやっと立ち止まった春夜は、身を屈めてそっと呟いた。

「そう感じるのは、お前が弱いからだ」

事実、次の瞬間には男は春夜に首を刎ねられていた。
ぶしゃあと大量の血が噴き出し、頭を無くした身体がゆっくりと地面に倒れ伏す。
ビクビクと痙攣する身体からは何度も血が溢れ、大地を赤黒く装飾した。
辺り一面、血の海。周囲は静寂に包まる中を春夜は静かに佇んでいた。

『化け物め…』

先程の男が放った最期の言葉が、ふいに反芻する。
憎悪と恐怖が織り交ざった声で告げられたそれは、確かに自分を指した言葉ではあったが、あの男は何も分かっていないと春夜は感じた。

人の命とは脆く、儚く、簡単に消え逝くものだ。
触れれば一瞬で崩れる細かい砂細工のように。
人の吐息で簡単に消える蝋燭の灯火のように。
路傍で容易く踏み潰されていく虫螻のように。
蹂躙され、屠畜される。

「それは私にとっても例外ではないのに」

ぽつりと呟き、だが誰の耳にも届く事のなかったそれは風にのって消えた。





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