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開戦準備に彩る貴女



各隊の隊長が控えるとある一室。その部屋の真ん中に置かれたテーブルにはマリンフォードまでの航路を示した海図が広げられており、それを前に春夜は考え込んでいた。
頭の中では、もし私が敵の立場なら…、と目の前の海図と自分達が今いる場所を起点に複数の戦略や陣形の形を照らし合わせていく。
その結果、可能性のある場所を春夜は目の前の隊長達に指し示した。

「此処と此処。あと此処の海流の場所を重点的に探ってくれ。きっと海軍の船が二十数隻程、停泊している筈だ」
「「「!」」」
「私達を見張る船だろう。此方が動く前に潰しておきたい」
「おい、手すきの傘下の船に連絡だ。マリンフォードへ乗り込む前の前哨戦だよい」

マルコの掛け声で、下っ端の一人がでんでん虫を通じて幾人かの海賊団船長に指示を出す。これで数時間後には密偵を行っていた筈の海軍船数十隻は、この世から消えているだろう。

「春夜さんは何で敵船の場所が分かるんですか?」

四番隊の船員が春夜へ思った疑問を尋ねてきた。確か彼は、今だ傷が癒えず療養中のサッチの代わりに、四番隊代表としてこの打ち合わせに参加したと聞いた。
ちらっと向けた視線をまたすぐに海図へと戻しながら、春夜は何て事ないように告げる。

「なまじ頭が切れる奴は考えてる事も読みやすいのさ」

と。




****




明朝、マリンフォードに向けて春夜達は出立した。
ドクターストップをかけられていた筈のサッチも「俺を連れて行かねェって言うなら、一人でエースを助けにマリンフォードに突撃してやるからな!!」と半ば脅迫気味に仲間へ訴えてきた為、結局連れて行く事になったが、他は順次計画通りだった。
道中、海軍の斥候部隊を春夜の指示で各個撃破していきながら、シャボンでコーティングされたモビー・ディック号は悠々と海底を突き進む。
いつもなら魚群がいたり、船以上の大きさがある巨大魚を拝めたりするのだが、今日は海の中がとても静かだった。これから始まる激戦の予兆に海の生物達も勘付いているのだろうか…。

「こんな静かな海は、俺も初めてだ」

八番隊隊長のナミュールが、不気味な光景でも目にしたかのように眉を寄せる。
実際魚が海にいないというのは、魚人族の彼にとっては不気味で仕方がないんだろう。

「海軍本部に着けばすぐ戦闘になる筈だ。皆、今の内に武器や防具を整えておけよ」
「「「おぉ!」」」

春夜は船員達が鬨の声を上げて返事をするのを聞きながら、それまで実戦で使うことが無かった二つの刀を抜き放った。
丁寧に刃を確認していく彼女の姿に、側で見ていたビスタはニヤリと口角を上げる。

「やっとそいつ等の日の目が見られるのか」
「…ああ」

これまで実力が伴っていないからと、頑なに稽古でしか振るおうとしなかった二つの刀。
それが今回の戦いでは主要の武器として春夜が選んでいる事に、二刀流の稽古をつけていたビスタ自身も嬉しくなった。

「こっちの方が、より人を斬れるからな」

その理由が例え物騒なものだったとしても。

「おー、おっかねェ」

ひやりとした春夜の笑みにビスタは身震いする。
けれどそんな彼に気にした様子も見せず、既に確認し終えた刀を鞘にしまい直した春夜は途端、柄の部分を自分の額へ押し当てて、その場から動かなくなってしまった。
顔色からして気分を悪くしたとかそういう分けではなく、ただ静かに目蓋を伏せて何かに祈っているようだった。それだけで彼女が纏う空気がいつもと違って見えてくる。
まるで神聖な何かの作法のような、
神々に対して祈願でも行っているような、
そんな春夜の真摯な姿が、ビスタの脳裏に強く刻まれたのは言うまでもなかった。
力を貸してくれ、と彼女がぼそりと呟いた相手が誰に対してだったのか、不思議に思いながらも、ビスタはただ刻一刻と近付く決戦の舞台へと意識を傾けた。





マリンフォードには想定よりも遥かに早く到着した。
既に目と鼻の先には、海軍本部の土台となっている筈の石壁が広がっている。
出来ることなら、この土台部分を粉微塵にして海軍本部を文字通り壊滅させたい所だが、そうなってはエースも只ではすまないだろうし、何よりも先ずこの船のコーティングが衝撃にもたない。
そんな危うげな考え方がふと沸き上がったが、余りにも余り過ぎるやり方に、春夜は思わず自らを苦笑した。
どうにも昨夜の酒の席から自分の中の何かが、たがを外れてるように思える。こんなにも私は危なげなものだっただろうか。

「浮上するぞ」

ニューゲートが周りの仲間達に号令を掛けたのを皮切りに、それまでひっそりと、けれど確実に海底を突き進んでいたモビー・ディック号が空を見上げる形で船体を一気に傾けた。
足場が水平でなくなり、各々が重心側の足へ力を込めて堪える中、船は海面に向かって全速力で駆け抜ける。
浮上する際にかかる水圧で、体が徐々に甲板へ押さえ込まれていく圧迫感を煩わしく感じながら、春夜は後続の船を視界の端で確認した。本船と同じく速力を上げた三隻の船が離されまいとピッタリと後に続いている。
ある者はこれから起こる決戦に心を躍らせ、ある者は虜囚の身となった仲間の無事を乞い願う。そんな仲間達を乗せた白ひげ海賊船団がマリンフォードの湾内中央に勢いよく飛び出した。
同時に船を被っていた虹色のコーティング材が弾け消え、吹き抜けた潮風が春夜達の体を優しく撫でていく。ここまで来るのにずっと海底を進んできた所為なのか、潮風にあたる感覚が何とも懐かしく思えた。

「グララララ…。何十年ぶりだ?センゴク」

モビー・ディック号の船首部分へ徐に歩み寄ったニューゲートは、かつての好敵手に対して気兼ねなく声を掛ける。
彼にとっては挨拶程度のつもりなのだろうが、他の海兵達にとっては、それだけで身が竦む行為だ。
幾千幾万の修羅場を乗り越えてきた事が伺える威風堂々としたその佇まいに、ある者は生唾を飲み込み、ある者は恐怖からかジリジリと後退っていく。今回の経験で新兵達の心に一種のトラウマが植え付けられる事になったのは言うまでもないだろう。
だが、そんな事など意に介さず、ニューゲートは口元に不敵な笑みを浮かばせた。

「おれの愛する息子は無事なんだろうな……!!」

と、視線が合っただけで震え上がるその強々とした威圧感を放つ巨漢の男が尋ねてくるのだ。目の前の海兵達は、ぶるぶると身を震わせるだけで誰も答えようとしない。
ニューゲートも答えが返ってくるとは思っていないのだろう。
目の前にエースの姿がある。ただそれだけで、ニューゲートの心には万感の思いが押し寄せているようだった。

「ちょっと待ってな……エース!!」
「オヤジィ!!」

自分が虜囚の身である事も構わずにエースは喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。その声は湾岸を挟んだこちらまで轟いてきた。
ニューゲートを父と慕うエース。エースを息子と慈しむニューゲート。
そこには確かに親子の絆があった。
どれだけニューゲートが仲間達の事を愛しているのか、また仲間達からどれだけ愛されているのかが傍目からでも伝わってきた。

“ 世界最強の海賊白ひげは仲間の死を絶対に許さない ”

凡庸の海兵達の脳裏にその言葉が浮かび、自分達がどんな敵を相手にしているのかを再認識させられた頃には、ニューゲートは両の拳で宙を殴り飛ばし大気にヒビを入れていた。
この戦争が開戦するという、始まりの合図である──。





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