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黒猫が懐くまで



突如として襲い掛かってきた敵の海賊船団。
文面で見ればそれは恐ろしい事かもしれないが、こちらも名の知れた海賊団なわけで。こういう事は日常茶飯事だ。
だが、そこへ嵐という名の自然の猛威がプラスされては状況が打って変わる。

「帆を張れーっ!」
「敵は後回しだ!このサイクロンを抜けねぇと!!」

右往左往する船員に檄を飛ばす隊長格。
その間も無秩序な高波が船を弄ぶかのように押し寄せてくる。
春夜はシュラウドに掴まって耐えながら、近場にいた仲間の一人へと視線を向けた。

「ラクヨウ、無事か?」
「ああ。だが、この天候だ。新入りの何人かは波に飲まれるかもな」

ぐい、と鬱陶しげに自分のドレッドヘアーを掻き上げながら険しい表情になるラクヨウ。
彼の心配する所も最もだが、他の点についても春夜は危惧していた。

「能力者達も心配だ。こんな高波にさらされてたら体から力が抜けてくるだろ」

悪魔の実の能力者は海に嫌われて泳げなくなる。そんな彼らがこの天候の中、海に落ちたとなれば一巻の終わりだ。
たが、彼女の心配は後方から響き渡った号令により杞憂に変わる。

「各隊の隊長は新入り共から目を離すなっ!甲板に出てる能力者は高波に注意しろよい!!」

嵐に負けじとマルコが声を張り上げた。
それだけでその場にいた仲間達の目の色が変わり、各々自分が成すべき事に集中していく。
彼ら白ひげ海賊団の一人一人が、一つの歯車となって回り出した瞬間だった。

「流石、マルコだな」

彼の手腕に感心しながらも、ラクヨウは自分の部隊へと指示を飛ばす。

「アイツは聡いからな。正直有り難いよ」

そう言った春夜もくすりと笑みを漏らして、自分に襲い掛かってきた敵を一撃のもとに斬り伏せた。

「ホォ〜。仲がよろしいこって」
「は?」

ニヤニヤと笑うラクヨウに、春夜は心底訳が分からないという顔をする。
何を言ってんだ?と首を傾げてる所を見るにマルコの想いは彼女に伝わってないのだろう。
マルコも苦労するな、とラクヨウは嘆息した。
そんな時、

「高波だ!!デケェぞ!!」

誰かの切羽詰まった声が荒れ狂う嵐の中、後方から響き渡ってきた。
後ろを振り返ると、船が転覆するのではないかと危惧する程の桁違いの高波が迫ってきていて、周囲で仲間達が息を呑む声が聞こえる。
直ぐ様、春夜は自分の両足に力を入れて待ち構えると、次の瞬間、頭上から滝にでも打たれているかのような水量を叩き付けられて歯を食い縛った。海水が氷のように冷たい。

「一人落ちたぞっ!!」

やっと高波をやり過ごしたと安堵した矢先に轟いた叫び声は、その場にいたベテラン船員達を休ませる事なく海面に意識を集中させた。
こんな嵐の中、人間が海に浚われれば一溜りもあるわけがなく、それが能力者となればまず助からないからだ。
皆それを身を持って知っているからこそ、必死になって落ちた仲間を探した。
すぐに海面に浮かんで来ない所を見るに、能力者だったのだろう。こうしている間も危うい。

「私が行く…!!」
「あっ、おい!」

見聞色を使って落ちた仲間の位置を瞬時に把握した春夜は、一も二もなく海に飛び込んだ。呼び止める仲間の声も、今は構ってる余裕がない。
凍えるような海水の冷たさで身体中に痛みが走るのを耐えながら、視界に捉えた人間の腕を掴んだ。意識が無いのか、抵抗する素振りがまるでない。
それでも、彼の体温が灼熱の太陽のように熱を持っている事は感じられた。





*****





ふっと意識が浮上していく感覚に、自分は今まで気を失っていたのだと、そこで初めて気が付いた。何か温かいものに包まれているような感触もして、いよいよエースは首を傾げる。

「気が付いたか」
「っ!?」

思っていたよりも近くで聞こえた女の声に、エースは反射的に飛び退いた。ぱさっと自分の身体に掛けられていただろう羽織が一緒に地面へと落ちていく。

「そこまで動く元気があるなら大丈夫そうだな」

春夜はそう言いながら、エースが落としていった羽織をそのまま身に付ける。彼女がいつも好んで身に付けているものだった。

「ここは!?一体どこだ!?」
「何だ、覚えてないのか?私達二人、嵐の中で海に落っこちたんだよ。それで、今は見知らぬ島で身体を休ませているところ」
「はァ!?」

慌てて辺りを見回してみれば、そこは何処かの洞窟ようだった。暖を取るためにと、春夜が予め火を焚いていたお陰で思ったよりも寒くない。
外では未だザアザアと雨が降っており、出入口から見える景色がけぶっていた。

「心配しなくても、助けはすぐ来るよ」
「…何でそんな事が分かるんだよ」

棘を含んだ物言いになってしまったが、春夜に気にした様子はない。懐から徐に一枚の紙を取り出すと、それを掌の上に乗せて見せてきた。

「これはビブルカードと言って、仲間達の居場所を指し示してくれる特殊な紙だ。これと同じものを仲間達も持っているから、私達が彼等を見失ったり、逆に彼等が私達を探し出せないということはまず無い。だから安心して、今は英気を養っておけ」

そう告げるなり、春夜はゴツゴツとした岩肌の地面へと腰を下ろした。
流石に刀までは手放さなかったが、見るからに肢体からは力が抜けており、完全に休む体勢だった。そんな春夜をエースは睨み付ける。

「あんた、副船長って肩書きだったな。なら、あの男の右腕って事なんだろ?」
「まあ、そうなるな」
「……」
「なんだ。私とも殺り合いたいのか?」

刀を持ち上げながら飄々とした笑みを浮かべる春夜。何なら相手になるぞ、と目で問われた気がした。
何だか自分の力を侮られているようで癪だが、エースは鼻を鳴らして、どかっとその場に座り込む。起きた風圧で、焚き火が一瞬勢いよく踊った。

「……いや、一応 あんたには命を助けてもらってんだ。そんな奴に喧嘩は売らねェよ」

意識を失っていた先程は、甲斐甲斐しく世話をしてくれたようだった。自分の身体があまり冷えていないのがその証拠だ。
そう考えると、此処で無闇に喧嘩を売るのは何だか違う気がする。

「案外、律儀なんだな」

その物言いにはカチンときたが、エースはぐっと堪える。妙な力が入った所為か、腹からぐう、と音が鳴った。

「ほら。少しばかりだが、お前が寝こけてる間に果物を取ってきておいた。今夜はこれで凌ぐとしよう」

そう言って差し出された大きな葉の上にはグアバやカニステルの実など、数種類の果物が乗っており、自然と口の中で唾が溢れてくる。
それを急いで飲み込んだエースは、空腹に後押しされる形で慌てて果物を頬張っていく。その様子に春夜は小さく笑みを浮かべた。

「そんなに慌てなくても、その辺で簡単に取れるものばかりだぞ。まあけど、この島が実り豊かな場所で本当に助かったな」

呟きながら、春夜は真っ赤に色付いた林檎をシャリっと囓る。甘酸っぱい蜜の味が口一杯に広がった。

「なあ」

唐突に、エースは口を開く。

「何で あんたは、あいつの船に乗ろうと思ったんだ?」

何で、白ひげ海賊団の一員になったのか。
その言葉が口を衝いて出た理由が、自分でも分からなかった。気付けば彼女に尋ねていたのだ。
だが、前々から気になっていたのも本当で。どういう経緯で、あの男の下にいる事を決意したのか、この機会に聞いてみたかった。

「簡単な話だ。ニューゲートは、苦しみの中から私を連れ出してくれて、その上、居場所を作ってくれた。そんな人の側を離れるなんて考えられない」
「ニューゲート?」

手の甲で口元をぐいっと拭いながら、エースは首を傾げた。誰だ、それは。

「なんだ、名前も知らずに命を狙ってたのか?
エドワード・ニューゲート。それが私達、白ひげ海賊団の船長の名だ」

そういえば、以前目を通した手配書に書かれていた気もするな、と朧気にエースは思い出した。

「この世を生き抜いていくのは辛く厳しく、そして理不尽な事ばかりだが、だからと言って、そこで足を止めてしまえば全てが終わってしまう。歩き続けろ、抗い続け。辛くなったら、おれが居場所になってやる。そう豪語してくれたのがニューゲートだったよ」
「……あんたも、あいつの事、親父だと慕っている口か?」

問い掛けてみると、彼女はそこで初めて口を噤んだ。それまで口先軽くペラペラと喋っていたというのに珍しい。

「そうだな。いつかお前にも、分かる時が来るだろ」

ようやく口を開いたかと思えば、今度は訳の分からない言葉を吐いて、また春夜は林檎を囓り出した。
エースは一人眉をひそめる。そんな時は一生来ねェと素直に思った。









次の日、二人は無事救助された。
昨夜襲ってきた敵は即座に蹴散らされ、その後は春夜が予想をつけていた通り、彼女のビブルカードを頼りに仲間達は二人を捜索した。
そして今朝方、近くの無人島に漂着していた春夜とエースを発見する事が出来たのだ。

「悪いな、心配させて」
「それはマルコに言ってやれ」

着いて早々、ニューゲートの所に顔を出した春夜は、相も変わらず酒を掻っ喰らっていた彼へ申し訳なさそうに言う。だが思いがけず揶揄われてしまって、肩を竦めた。

「どうだ?お前の目から見てエースの奴は」
「大分、尖った奴だったな。試しに揶揄ってみたら噛み付いてきたよ」
「グララッ、そうか!そりゃあ威勢が良くて何よりだ」

心底楽しげに笑うニューゲートに、春夜もまた目を細めて微笑んだ。

「何だかもう、アイツの父親のようだぞ、ニューゲート」

春夜がそう言うと、ニューゲートはフンっと鼻を鳴らして再び酒を呷るのだった。





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