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彼は一向に願う



「ピィィーー…」

辺りに高く通った鳴き声が響き渡った。一匹の白い鳥が頭上で旋回しているのだ。
その様子をじっと見ていた一人の女性が頃合いを見計らい、空に向かって大きく右腕を挙げる。

「ハク!」

と鳴き声の主を呼び込んで自分の肩に乗るよう招き入れてるだけだというのに、彼女の姿を眺めているだけで一種の高潔さを感じてしまうのだから不思議だ。

無事、女性──春夜さんの肩に舞い降りたハクと呼ばれた白い鳥はスリスリと頬ずりをしながら餌を強請りだす。
彼女も、分かった分かったと笑いながら腰のポケットから懐紙に包まれた干し葡萄を取り出して、自分の愛鳥に与えた。
好物を前に嬉しそうに啄み始める白い鳥と、それを心穏やかな様子で見つめる飼い主等の姿に、暖かい目で見守っていた乗組員一同は一言、

「平和だな〜」

と呟いた。
最近は戦いと言える程の敵との交戦もなく、非生産的な毎日を皆が過ごしていた。
平和な日々が過ぎていく事に不満はない。
不満はないのだが…、

「…暇だ」

こう代わり映えがないと人間、物足りなさを感じるものである。

「ひーまーだー!あー、何か起きてくんねぇかな〜」
「馬ッ鹿!縁起でもねェ事言うんじゃねェよ!もしサイクロンにでも襲われたら目も当てられねェぞ!!」
「だってよ〜」

飽きは人間の天敵とよく言ったものだが、それだけで命の駆け引きをする程のスリルを求められてもなあ。
春夜さんも同じ事を思ったのか、苦笑する姿が視界の端に映った。

その時、

「敵影ー!十時の方向より敵影ぃー!!」
「!」

見張り台で警戒をしていた仲間から敵の襲来を告げる声が響き渡った。

「何だ?海賊か?」
「いや…旗印からして、ありゃ海軍だな」

何だ何だ?と騒ぎ出した船員の内一人が持っていた単眼鏡でこちらに近付いてくる船を確認してみると、マストには海賊達の天敵であるカモメのマークが描かれていた。
おまけに向こうもこちらを視認済みで「大砲の準備をー」「とぉぉりかぁじ!」とやる気満々のようだ。

……そう、見掛けだけは。

「こ、こここの、このぉ…!このっ略奪者めぇえ!!そこを動くなよぉぉおあばばっ!!!」

拡声器越しに聞こえてきた怒鳴り声は過剰な程に吃りまくり、黙っていればそれなりに威圧感もあっただろう海軍のコートも着用している将校が恐怖で震え上がっていては全く威厳を感じさせない。
こちらを指差している筈の人差し指も、全身をガタガタと震わせているお陰で最早どこを差しているのかも分からない程だ。

「ほれみろ!お前があんな事言うから海軍がお出ましになったじゃねぇか!!」
「歯ァ食いしばれ!!」
「お、俺の所為かよ!?」

口は災いの元とよく言うが、先ほど緊張感が欲しいと零していた男に仲間全員から容赦のない拳骨が落とされた。
頭を押さえて悶絶しているアイツの責任かどうかは、この際置いておくとして、

「どうするよ?」

あんな震え上がった海軍を相手にやり合うのは、弱者をいたぶるようで何だか気が引ける。

「こっから大砲でもブッ放して軽く沈めとくか?」
「弾が勿体ないだろ。あれ位の距離なら、私の刀で真っ二つにしてやろうか?」

春夜さんの言葉に近くで成り行きを見守っていた新人船員の何人かが、ひくっと口元を引き吊らせた。
そんな芸当、普通の人間は出来ない。
新人の一人が「当たり前のように言う春夜さんが怖いです」と呟いた言葉に、サッチさんの荒らいだ声が何処からともなく被さった。

「待て待て待てぇぇい!!」

と駆け込んできたサッチさんは勢いを殺しきれず、停まろうとした体勢のままズザアァァーと横移動しながら甲板を滑って行く。
だが直ぐにこちらへ近寄ってきて、ギラギラとした瞳を向けてきた。
さっきの制止の言葉は何か彼の言い分あっての事なんだろう。

「どした?サッチ」
「今備蓄が底を尽きかけてて奴ら、調度良いカモなんだよ!お前ら、あっこのもんをちょっくら盗ってきてくれるか?俺はこれから夕飯の仕込みしなきゃなんねぇからさ。盗ってきてくれたら非常に助かるんだわ。ひっじょーに!」

伝えたかった言葉を一気に喋ったのか、話し終わった時には肩で呼吸していたサッチさん。
その姿に皆は目を丸くしながら、お互いの顔を確認した。

「だってよ」
「生け捕りか…」

やれと言われれば出来るが、全力で暴れてくるのとは違って加減をしながら戦うのは遣り辛くて困る。

「この間入ってきた新入り達にやらせてみたらどうだ?どの道教育していくんだし、人数も結構入ったんだろ?」

春夜さんの助言にポンと手を打つ。
確かにこの一月で加入した新人の数を合わせると小規模クラスの海賊団程になる。
最近はサッチさんも忙しそうだし、教育がまだ手付かずの筈だ。

「じゃあ誰か監督役付けて、俺らは高みの見物でもしとくか」

周りから異論が出ない様子に一つ頷いた春夜さんは、唐突にこちらを振り返った。目と目が不意に合ってしまい、ドキリとする。
彼女にしてみれば、何の気なしに視線を向けただけかもしれないけれど、

「アルク。悪いが頼めるか?」

それでも一番に挙げた名前が俺だった事が素直に嬉しかった。

「はい!」

春夜さんに大きく返事をした俺は、口角をにんまりと上げて新入り達に声を張り上げた。

「野郎共、行くぞ!」
「おおっ!!」

願わくば、これからもこの賑やかで楽しい毎日が、ずっと続いていきますように。

「お前ら、まとまって行動しろ!」





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