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陽留まりの道を歩みたくて



父上がいる九里城から花の都に戻ってきて幾日、お祖父様が病で倒れてしまった。
その容態は悪く、父上が九里で出世していくのとは反対に、お祖父様の体調は日に日に悪化していくようだった。
病褥から起きられぬ時もあり、日々滞っていく城の業務に見兼ねて、私が代わりに政務にあたるようになった。

「照日、お前には苦労ばかりかけてすまぬ。本当はお前の父に将軍の座を継いで貰えれば良いのだが…」

見舞いに訪れる度、そう言ってお祖父様は申し訳なさそうに頭を下げる。
けれど、それはお祖父様の所為では決してない筈だ。

「仕方がありませんよ。父上は外つ国の事しか頭にございませぬから」

そしてそれ以上に、将軍という地位には興味の欠片もない。
一応、お祖父様は「自分の代わりに将軍職に就いてくれないか」と声を掛けたようだが、父上はにべもなく「既に九里の大名で手一杯だ。そもそも将軍など絶対になりたくない」と一蹴したそうだ。

「父上の傍若無人な振る舞いは、前々から分かっていた事ではないですか。それに、私はそれほど苦だとは思っておりませぬ。私が好きでしている事なので、お祖父様が謝る事ではございませんよ」
「照日…」

私は少しでも安心して貰おうと笑みを浮かべてみせたが、お祖父様は安心どころか悩ましげに眉間へ皺を寄せる。以前より皺苦茶になった筈の顔に、それでも尚くっきりとした深い皺が露になる。
もし私の母上が他に男の子を儲けていたら、若しくは私が男の子として産まれてきていれば、これほどお祖父様が苦悩することも無かっただろう。
だが、早々上手くいかないのが現実だ。あれほど権力を嫌っていた父上が九里を平定し、大名の位に落ち着いてくれただけでも良しとするしかない。

「私がワノ国の民を導いて行ってみせます」

自分への誓いのようにも聞こえる私のその宣言に、お祖父様は険しい顔のまま、こちらへ視線を向けてきた。
また苦労ばかりかけて、云々と言いたそうにしている気配を察して、私は直ぐに口を開いて黙らせる。

「ですから、今は安心して養生なされて下さい」

身体を休める事が先決です、と諭す私の言葉はお祖父様の心に無事届いた事と思いたい。

こうして、私はまた城の政務に精を出す日々を過ごしていき、大体の国政の流れが把握できてきたと自分でも思えた頃には、村で連んでいた悪童等も将軍家に仕える立派な侍へと成長を遂げていた。









「姫様、どう?」

村に住む子供の一人である沙代が、照日の腕の中で蹲っている生き物を心配そうに覗き込んだ。
どうやら怪我をしてしまった小鳥のようで、白い羽毛の一部が赤黒い血で染まっている。

「軟膏を塗っておいたから、暫く安静にしておれば大丈夫だろう」
「本当!?」
「ああ。仲間同士で喧嘩でもして拵えただけのようだからな。直に治るさ」

そう照日が教えてあげると、沙代はそれまで強張らせていた身体から、ほっと力を抜いた。小鳥の命が無事だと分かるまで気を張っていたようだ。
照日がいつもの見回りと称して村に足を向けた時には、既に沙代は村の入り口で照日を待ち構えていたので、この小一時間は動転した気持ちが続いていた事だろう。「すぐに見て欲しいものがあるの」と沙代に取り縋られた時は、流石の照日も何事かと驚いたものだが、村の一大事という訳ではなくて本当に良かった。
照日はすぐに寝床を用意するよう沙代に伝え、藁で拵えて準備したものに手ずから小鳥を寝かせてやる。この時には小鳥の正体にも大体の検討が付いていた。

「それにしても『白々』の子供とは珍しいな。あれは警戒心が強く、群れ全体で子を隠そうとする習性があるのだが」
「朝起きたら、家の裏で鳴いてたの。近付いたらつっつかれちゃった」

ほら、と見せ付けるように広げられた手の平には、確かに真新しい傷跡が幾つもあり、照日はその事実に眉をひそめる。

「女子なのだから、あまり多くの傷を作るものではないぞ」
「姫様だって、たくさんあるでしょ?」
「…確かに」

こてり、と首を傾げながら問われた素直な言葉に、照日は苦笑するしかない。時に子供の言動は直球過ぎて返答に困る。
そう胸中では思いながら、照日は沙代の頭を撫でた。
強い武士になると決意した頃から刀の鍛練にばかり熱を入れていった結果、まるで節くれ立った木のようになってしまった自分の手。
およそお姫様のものとは言い難くなってしまったが、それでもこの手を誇りに感じている自分がいるのは確かだ。だが、だからと言って沙代のような幼気な女童がなるものでもない事は照日も分かっていた。

「私のような傷だらけの手に沙代がなる必要はないのだ。成るべく可愛らしい手のままでいておくれ」

笑って諭してあげたつもりだった。
だが、沙代の幼な心では何も伝わらなかったのか、分かってて分からない振りでもしているのか。
沙代は満面の笑みで、得意気に言ってのけた。

「私、姫様が大好きだから、姫様みたいな優しい手になれるんなら、この手が傷だらけになってもいいんだ!」

と。
これには照日も折れるしかない。

「また様子を見に訪れる。それまで、この子の面倒を頼んだぞ」

うん、と頷く沙代を見届けて照日はくるりと後ろを振り返る。そこには相も変わらず無表情を顔に貼り付けた久蔵が控えていた。

「そろそろ城に戻ろう」
「御意」

ゆるゆると頷いて戸口までの道を譲る姿は子供の頃のぼんやりとした面影を残しているようだが、その実、久蔵の立ち居振る舞いにはまるで隙がなかった。
この数年で背も随分と伸びており、昔は照日と並んでも大差無かったのに、今では同年代と比べても頭一つ分程大きくなっている。

「タチバナ達は外か?」
「…村の者と戯れている所かと」

眉根を寄せる久蔵に照日は小さく笑う。どうやら勝手に警護の任を離れた事が気に食わないらしい。

「ここはお前達の生家だからな。無理もあるまい」

気にするな、と照日が呟くと久蔵は外方を向いてしまった。お気に召さない答えだったようだ。
警護と言っても此処はそう大きくない村だ。護衛なんて幾人も連れ回らずとも良い。
それに話の種になっている人物なんて、長屋から出ればすぐに見付けられた。何やら村の子供達に纏わり付かれて面倒そうにしている姿が遠目でも分かる。

「なあなあ、タチバナ。今から俺らに鍛練をつけてくれよ!」
「見りゃ分かんだろ?俺は今、姫様の警護中だっての」

それを聞いた久蔵の眉間に物凄い皺が寄った。当の姫様を放ったらかしにしているというのに、何をもって警護中になるのか、と無言の圧がタチバナに向けられる。

「えー、タチバナって姫様よりも弱いじゃん!そんなんで姫様を守れんのかよ?」
「よ、弱かねェよ」
「ウソだ〜。俺知ってるぜ!城での稽古の時、照日様にいっつもボコボコにされてるってこと!」
「しっかりやれよな〜。これだからタチバナは〜」

そこで誰かが「あ」と声を漏らした。子供達の揶揄いを真に受けて、堪忍袋の緒が切れた音がタチバナから聞こえてきたからだ。

「…人が大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって…。覚悟しろ、このクソガキ共が!!」
「わぁー!タチバナが怒ったー!」
「待ちやがれぇ!!!」

その怒号を合図に、見慣れたタチバナと子供達の追いかけっこが始まったのは言うまでもない。

「相変わらずタチバナは村の子供等から好かれているようだな」
「馬鹿にされているだけです」

照日の前向きな解釈を久蔵がバッサリと否定する。それを耳敏いタチバナが聞いていない分けもなく、「んだと!?聞こえてんぞ!!」と遠くの方で怒鳴り声を上げていた。
タチバナも実力などはある程度成長してきた筈だが、如何せん、中身も共に成長してきたのかと問われれば口を噤むしかなかった。

「先に城へ戻っているからな!お前も程々にしろ!」

照日が口に手を添えて声を張り上げれば、タチバナは大きく手を振って答えた。
右手には悪童の一人を引っ捕まえている所を見るに、追いかけっこはタチバナが優勢のようだ。

「さて、私達も──…っ」

ふいに城へ向けていた照日の足が止まる。視界の端で何かが明滅する感覚に襲われたからだ。
陽光に目が眩んだ訳でもない。それは身体の血の気が引いていくのを感じる事からも明らかだ。
目の異常には照日自身、心当たりがあるので別段気にも留めなかったが、久蔵は何か言いたそうにこちらを見てくる。
それを無視して無理矢理足を進めれば、物の数歩で肩を掴まれてしまった。思わずつんのめる照日の身体を久蔵は甲斐甲斐しく抱き留めた。

「‥‥寝不足ですか?」
「そこは見て見ぬ振りをしてくれ、久蔵」

朴念仁の久蔵には無理な話だと分かっているが、照日の口からは思わず批難めいた言葉が出てしまう。

「昨夜は政務が立て込んでいて終わる目処が立たなかったんだ。その所為で、いつもより床に就く時間が遅くなってしまっただけだ」

そう呟く照日の顔色は随分と悪かった。単に一日夜更かしした程度だとは思えない程に。
それもその筈。照日は将軍代理という地位に就いてからというもの、床に入る時間さえ惜しむ程に政務に追われる日々を過ごしており、この数日などは碌に寝てもいなかった。

「辛くはないのですか」

ぽつりと呟かれた言葉が照日の耳朶を打つ。
久蔵にしては珍しく気を遣った言葉だったのだろうが、それを取るに足らないものだとして照日は一笑した。

「国造りに辛いも苦しいもないだろう」

そう告げた照日の足は、もう城へと向けて歩き出している。先程と違ってしっかりとした足取りに久蔵も人心地ついたのか、今度は止めに入られる事もなかった。





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