トニオはクールに去るぜ
友達と遊んでいたら「実はオレ、英語しゃべれんだよ」と自慢してきた奴がいた。
俺はそんなに興味が無かったんだけど横で聞いてたタカが悪乗りしてきて「じゃ、あの人に話しかけてみろよ」とちょうど向こうから歩いてきた外人に指を差した。
「というか、人を指差すな」
「ギャー!!」
行儀が悪いタカの人差し指を無理矢理上に折り曲げてみれば、グキッと変な音が鳴ってしまった。
めんごめんご、と痛みで狂い悶えるタカに謝りながら、そんな俺達の横をさっそうと横切っていったそいつは外人の目の前で真っ直ぐに気をつけをして立ち止まって、ゆっくりと喋りだした。
「オレ、『ABC』ハナセマース!」
「めちゃくちゃ日本語じゃん」
それはもう自信満々に話しかけてるけど、日本語でいう『あいうえお』をただ言っただけだからな。ホラ、外人さんも首かしげて困ってるよ。
そう突っ込んだ俺にタカも激しく同意のようで「なんっだよ、それ!そんなのキュー太郎でも言えるぜ!」と盛大に野次っていた。
「誰だよ?キュー太郎って」
「うちで飼ってるキュウカンチョウのキュー太郎だよ。初めて聞く言葉でも二、三日あれば完璧に覚えちまうんだぜ!」
まさかの鳥以下。
あまりにもあんまりな、そのタカの評価に奴も「違うって!外人と話すのこれが初めてだからだって!」と言いわけをしだしたのだが、それでも『ABC』を言っただけで英語がしゃべれる事には決してならん。
「お前、『マナブ』って名前の割にバカだってこと自覚しろよな〜」
「名前は関係なくね?」
「さすがにABCで終わるなんて、ホントお前って『バカナブ』だよなー」
「『マナバズ』でいいんじゃね?」
「え?ちょ、なに?」
俺とタカのインの踏み合いに『バカナブ』はやっぱり付いていけてない。
今のお前じゃ、どうがんばってもその人と意志疎通なんて出来ねぇよと哀れみを込めて優しく肩を叩いてやると「なんだよ!なら、お前もしゃべってみろよな!」と逆に怒りだしてしまった。まあ、いいけど。
「Excuse me. How are you ?」
確か姉ちゃんの学校の教科書にふりがな付きでのってたから、発音は大丈夫だと思う。意味も「元気ですか?」で合ってた筈だし。
というか今の説明だと完全に某プロレスラーの決まり文句っぽいな。
と一人で考えていれば、タカ達が目を瞬かせて…いや、『バカナブ』に至っては若干顔を青くさせながら、こちらをじっと見てきてる。なんだ?
「おっお前、英語話せんじゃん!」
「は?」
「もしかして外人なんじゃ…」
「何でそうなんだよ。バリバリの日本人だっつの」
「オー、英語お上手ですね」
「アンタは日本語話せんのかよ!!」
思わず突っ込んでしまったが、え?この人、実は日本人?トライアングル…じゃないや。バイリンガル?と頭の中は大パニックだ。
タカ達も見るからに外人の人間が日本語をペラペラ話せている事に、ぎょっとしているようだ。
「あの見た目で日本語はなせるとかダレも思わねぇよ」「俺達何してたんだろうな…」と後ろを向いて二人でコソコソ話し合ってるけどな、振り返ってこない所を見るに、お前らこの状況を俺に全部丸投げする気だろ?
どうすんだ?これ、と半ば現実逃避し始めていたら、急に目の前の外人が持っていたカバンの中身をあさって中に入っていた何かを差し出してきた。
「良かったラ、こちら食べてくだサイ」
ニコニコしながら俺達の手にその何かを乗せていく外人。
このビミョーな空気を自分なりに読んでくれたんだろうか。それにしても、何だこれ?お菓子??
「ビスコッティです。今朝試しニ作ってみましタ。宜しければドーゾ」
「はあ、どうも」
何かよく分からんが、くれるっていうなら有りがたく受け取っとこう。
見た感じビスケットみたいだな。多分合ってると思うし。
『バカナブ』がバリバリ食べている辺り、毒も入ってなさそうだ。
後で食べようとポケットに入れていると、外人は俺をじっと見てきてた。
「先程ハ突然声を掛けられて驚きまシタガ、人の出会いというモノハいつも突然デス。貴方とノこの出会いも何か意味ガあるのかもしれませんネ」
しみじみと一人で感じ入っている風の彼は、言うだけ言って納得したのか、その場をさわやかに去っていった。
……これ、俺達が言えた義理じゃないけど、
「何だったんだ?」
「知らね」
*****
あえて言おう!村人Aの弟であると!
その後マナブはもらったお菓子を食べた効果でずっと残ってた乳歯がすごい勢いで抜け飛んだのだった。