×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




人格者のいる所に誤解は生まれぬ

あの時、彼女はおどおどと怯えながらも、その場で最も確実で、最も被害が少ない方法を瞬時に理解していた。

『あ、あのあの、じゅ、呪符同士を、かか、掛け合せるのは、どうでしょうか?』

始めは何を言っているのか分からなかった。
呪符使い特有の決まり事についてか、それとも術式の開示による術式効果の底上げの為か。
一応、分からない形にも色々と考えてはみたのだけれど、結局どれが正解なのか、判断がつかなかった灰原は瑠璃に『掛け合せる?』と同じ言葉を問い返した。

『そ、その、いい、1足す1は2、2足す2は4、という、風に、じゅ呪符単体の、そそ、底上げを、していくんです』

そんな当たり前の事のように解説されても理解できず、

『そ、底上げをした呪符を、ばば媒体に、穢祓いを…ええっと、わわ、私の言ってること、間違って、ます?』

今の僕達では、間違っているかどうかも分からない。
お互いに顔を見合わせ、首を傾げる灰原達に、瑠璃は『あわわわ!』と小さく声を上げた。その慌てる姿に威厳も風格も感じられなかったけれど、唯一、この状況を打開できる策を彼女が持っているという事だけは理解できた。
その考えは正しく、灰原と七海が守りを固めている間に瑠璃は建物内に存在した筈の全ての呪霊を一人で祓い終えてしまった。
自分達と同い年の筈の少女が、考えもつかなかった呪法を次々と展開していく様は末恐ろしくもあり、同時に才能の塊のようで頼もしくも感じる。

(将来、こういう子が呪術界を牽引していくんだろうな)

灰原がそう感じると共に、七海には「自信の方は皆無だろ」と言われそうだなとも思った。









「あれ、瑠璃さん!…それ、何やってんの?」

高専の敷地内で彼女を見掛けた灰原は、その異様な格好に目をパチクリとさせる。
見間違いでなければ、それはパーティーグッズでよくある三角帽子に『本日の主役』と掲げられたタスキに他ならない。
どう見ても彼女の意思で身に着けたとは思えず、灰原と共にいた七海も胡乱げに見つめる。

「あ、えっと…、悟君が、学校に…は、にゅ入学し、したら、これを身に着けて、しし、敷地内を歩いて、まま、まわるものだって…」

その言葉で全てを覚った灰原は「あー」と納得とも困惑とも分からない声を漏らした。

「それ騙されてますよ」
「へ?」
「まあまあ。懐かしいなー、僕らも入学して早々、これ身に着けたんだよ」
「嫌嫌だったけどな」

苦虫を噛み潰したような顔で言い切る七海に灰原は苦笑する。確かあの時も今と同じ顔をしていた筈だ。

「七海はそうだったかもね。あれからもう三ヶ月も経つのか…。そういえば瑠璃さんって、なんでこんな中途半端な時期に高専に入学してきたの?」

ふと感じた疑問だった。入学してくる季節としては桜は青々とした葉を茂らせており、転校してくるにしても、前いた学校の名前も話題に上がってこなかった。
七海のようにスカウトで高専にやってきたんだとしても、担任からの説明に少しは上がってきそうなものなのに。

「え、あ、ぅ…」

そう呟いた瑠璃はそれっきり黙り込んでしまった。その顔色も少し悪い。
何か言い難い事でもあったんだろうか、と灰原と七海は二人、顔を見合わせる。けれど幾ら考えたとしても、この間会ったばかりの彼女の事情を二人が精通している訳もなく、首を傾げるより他にない。
ただ灰原には、彼女の怯える姿が一瞬、呪霊を目にした時の妹の姿と重なって見えた気がした。
そこへ「あ、いたいた」と声を掛けてきた人物がいた。灰原達の一年先輩の五条悟である。

「五条さん!お疲れ様です!」
「おー。つか、瑠璃、今まで何処ほっつき歩いてたんだよ。めちゃくちゃ探したんだけどー」
「えっと、ご、ごめん」

横で七海が「自分が回れって言ったんでしょうに」と、ぼそっと呟いたのが灰原の耳にも届いた。五条はそれを黙殺する。

「ほら、これ。呪符がもう無いってお前言ってたろ」

そう言って五条が手渡したのは千円札程の大きさの薄茶色をした符の束だった。赤い文字が表面に書かれていない所を見るに、呪符になる前の状態を融通したみたいだ。
瑠璃は小さな声で「ありがとう…」と呟きながら、素直に符の束を受け取る。
彼女にしては珍しく遠慮も会釈もない。まるで家族のような気安さで五条に接している姿に、灰原は何かが閃いた気がして直ぐさま七海に耳打ちする。

「瑠璃さんって五条さんの妹さんなのかな?」
「顔が似てないだろ」
「血の繋がってない兄妹とか」
「にしても性格が真反対じゃないか」
「そこは血の繋がりがないなりのさー」
「そこー聞こえてんぞー」

あれやこれやと言い合っていれば、不機嫌顔の五条が割って入ってきた。どうやら見当外れだったらしい。

「いやだって、普通気になるでしょう!ミステリアスな瑠璃さんのプライベート」
「ミステリアスって…」

五条が「小心者なだけだろ」とごちる横で当の本人は、あわわわと呟いては挙動不審に灰原達の顔色を窺っている。そう言われればそうかもしれない。けれど、気になるものは気になるのだ。

「で、二人のご関係は?」

根気強く再び尋ねる灰原に、五条は「ああ?」と面倒そうに呟くも、少し考えるように上を向く。
そうして──、

「…関係、ね。瑠璃ー、ちょっとそこで跳びはねてみて」
「?」
「いいから。ほら、ジャンプ、ジャンプ!」
「え、ええっと…、こ、こう?」

首を傾げながらも、その場で飛び跳ねてみる瑠璃。
彼女にしてみたら理由も分からず指図され、灰原の質問の答えにすらなっていないやり取りだったが、灰原と七海には五条の言わんとしている事がすぐに分かった。
瑠璃の、まるでメロンのような巨大な胸が上下に大きく揺れているのだ。それはもう無防備に。ボイン、ボインと。
得意満面に「な?凄いだろ」と尋ねてくる先輩に灰原は思わず「はい!」と答えそうになったが、既で思い留まり、ああとううの中間辺りという何とも情けない返事をする。

「最低ですね」

七海は即座に侮蔑の籠もった目で貶していたが。五条にとったら何処吹く風である。

「それくらいにしろ。瑠璃ちゃんが可哀想だろ」

五条と同学年の夏油が、学校まで続く石畳の上をかつかつ歩いて現れた。そのまま瑠璃の肩を優しく押さえながら「もういいよ、瑠璃ちゃん」と囁く。
一瞬、ビクッと身を震わせた瑠璃だったが「え、あ、はっはい」と吃った後、飛び跳ねる動作を完全に止めてしまった。どう見ても彼女の扱いに手慣れている。

「夏油さん!夏油さんなら、瑠璃さんと五条さんの関係を知ってるんじゃないですか?」

灰原は物怖じせずに夏油に尋ねた。彼ならば何か知ってそうな気がしたからだ。

「まあ、世間一般で準えるなら『幼馴染』と言った所じゃないかな?」
「幼馴染…」

思ったよりも普通だった。ゴシップ誌の見出しによくある “ 生き別れの兄妹 ” やら ” 実は五条家の婚外子 ” とかを想像していた灰原としては何とも拍子抜けな答えである。
そんな彼の心情に気が付いたのか、それとも夏油の答えに納得がいかなかったのか。五条は顔を顰めながら口を開いた。

「そんなんじゃねぇって。ただの五条家の居候なだけだっての」
「は、ははは、はい!わ、わわ、私は、悟君のもの、なので」

その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
彼女にしてみれば何の気無しに口にした程度なんだろうが、周囲にしてみれば聞き捨てならない爆弾発言でしかない。
全員の冷めた視線が五条に集中した。

「ホントに最低ですね」
「悟、やっていい事と悪い事があるよ」
「五条さんがどんな趣味の人でも僕は見捨てませんから!」
「お前らひどくね!?」

散々な言われようだが、彼の日頃の行いを鑑みれば仕方が無いというもの。

「瑠璃さん、もし何かされたら遠慮せず、すぐに言うんだよ」
「灰原、あとで腹パンな」
「え、あ、…だ、大丈夫、です。悟君は、わわ私を、す、すす、好き勝手、できるので!」
「瑠璃は自分の言動が物凄い誤解を与えてることに気付け」

ビクッと怯える瑠璃に灰原は「大丈夫だよ」と笑ってフォローをしておいた。彼女の性格上、伝わってるかどうか定かではなかったけれど。




back