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呪符使いなので 1

倫理観が破綻した彼女と七海の二度目の出会いは、思っていた以上に早く訪れた。

「瑠璃、です。…よ、よよよろしく、おね、おねがっ、お願い、します…!」

転入生。それも同学年としてだ。担任教諭が朝のホームルームの時間になって、突然連れてきたのである。
七海の横にいる灰原なんか「うわー、同級生の女の子なんて初めてだね、七海」とみっともなく、はしゃいでいる。
今回は初対面──と言っても七海は初対面ではないが──の挨拶の為か、制服のフードを外しているお陰で初めて彼女の顔をハッキリと見た。
黒い長髪を複雑に結い上げ、簪で一つに纏めていたり、眉毛が人よりも短い作りの所為で瑠璃の顔作りが古風に感じられる。その眉も今は困った風に寄せられ、左目にある泣き黒子が本当の涙のようだった。

「…!」

ふと、彼女と目が合う。
その途端、目を見開いたのが分かったので、多分この間の人だと向こうも分かったのだろう。

「どうも」

七海は無難に頭を下げておいた。
彼女も彼女で、目を左右に泳がせながらも「ど、どどど、どうも」と返してきた。

「あれ、二人ってそういう関係?」
「それはもう聞き飽きた」

目敏く見咎めてくる灰原を華麗にスルーする。
担任が「席は七海の隣を使ってくれ」と話しているのを聞いて横を向く。今日から置かれていた机と椅子はこの為だったのかと納得した。
高専は専門的過ぎる分野の所為で、在校生が極端に少ない。瑠璃が転校してきたとしても一年は彼女を入れて、たった三人という状況だった。
なので瑠璃が隣に座る事になっても七海は何とも思わない。ただ、今までより窓が遠くなるな、とぼんやり感じるだけだ。









結局この後、転入生の術式や力量を測れるように、またお互いの親睦を深める為にと、担任が簡単な任務を押し付けてきた。
郊外にある廃墟と化したマンションに棲み着いた有象無象の呪霊の祓除。殆どが四級や三級と大した事はないのだが、とにかく数が多いらしい。それを三人で祓って来いとの事だった。

「補助監督の人が車回してくれるみたいだし、ここでちょっと待ってようか」

昇降口から外に出た途端、灰原は幼い子供に言い聞かせるような口調で瑠璃に話しかけた。確か妹がいるんだったか。
それを聞いて小声で「…は、はい」と答えた瑠璃は、灰原から一歩距離を取った。灰原の良く言えば人懐っこく、悪く言えば馴れ馴れしい態度が気に障ったのかもしれない。
彼自身もそれに気付き、「うーん」と首を傾げる。そして、

「その格好、暑くないの?」

と突拍子もなく尋ねた。
本当に脈絡もない事を彼女に聞くので、横で成り行きを見守っていた七海も思わず怪訝な顔になる。
だが、それ以上の事を瑠璃は呟いた。

「あ、暑い…で、です、か…?」

この答えには、灰原だけでなく七海もぎょっとした。
今は全てを溶かさんとする程の強い陽射しが空から差し込む夏真っ盛りの季節だ。
それに対して彼女の今の格好は一回り大きいサイズのブカブカの制服をコートのように着込み、黒のスカートから覗く足は黒いタイツで覆われている。おまけに両手には黒い手袋と、黒一色で全身を統一しており、素肌の色を探すのが困難な程だった。どこからどう見ても真夏に着るような服装ではない。

「え、暑くないの!?」
「ひぅっ…!」

思わず詰め寄った灰原の額には玉のような汗が浮かんでいた。だが、ビクッと肩を跳ねさせた瑠璃は少しも汗をかいていない。この違いは一体何なのか。

「あ、そのっ、わ、わた、私、呪符使い、なの、で…」

その言葉に七海と灰原は首を傾げた。呪符使いだから何だと言うのだ。
そう思っていると、彼女は一枚の札を灰原に差し出した。

「…こ、こここれ、これを」
「これって、呪符? あ!なんかひんやりして気持ち良い!」
「は、肌、に…、直接、はは貼っておくと、いい、ですっ…」

そっと七海にも差し出された呪符。一見、古びた紙切れに赤い字で難しい文字が書かれているようにも見えるそれは、確かに呪力を帯びていた。持っているだけでも火照った身体中を冷気が巡っていき、とても心地が良い。
成る程、これを使って彼女は呪霊と戦うのか、と七海は半ば確信する。

「これがあれば夏でもエアコン要らずじゃん!!高専の人達、皆に配ってみたらどうかな?」

相変わらず、阿呆の発想である。

「単に呪力の無駄遣いだろ」

灰原の突飛な考えは今に始まった事ではないが、それでも七海は頭が痛かった。
そう言うのも、極僅かだが自身の呪力が呪符に引き出されていくのを感じるからだ。
多少呪符に内包された術式や呪力も併用しているだろうが、術を行使する上で自身の呪力も使用するとなると、呪力が少ない補助監督や窓達が扱うには酷な気がするし、そもそも現実的ではない。

「ええ?良い考えだと思うんだけどなー」

乱雑にひらひらと呪符を振りながら、そう話す灰原を瑠璃は決まりが悪そうに眺めた。

「あのっ、その……わわ、私一人で、作って、る、ものなので、量産は、むむ難しいです」

それは下手したら、この呪符だけでも一子相伝、門外不出の秘術にあたるのでは。
七海の頭にふとその考えが浮かんだ瞬間、直ぐ様呪符を持つ灰原の手を掴んだ。

(一介の術師が粗雑に扱って良い代物では絶対にない!!)

七海が内心冷や汗をかきまくっているとは露知らず、「やっぱり七海も僕の考えに賛成だよね!」とニヤニヤ笑っている灰原の顔を七海は思いっ切り引っ叩きたくなった。
「何でそうなる!!」と大声を出そうとしなかったのは、七海が咎めるよりも先に目の前にある道に補助監督が運転する車が滑り込んできたからだ。
七海は努めて平静を装いながら「絶対に雑に扱うなよ」と灰原に念を押しておいた。


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