彼氏と喧嘩をして家を飛び出した、とこまではいつものことである。問題はそのあとだ。いつも家出をした際にお世話になる友達の家は揃ってどこも留守。おかげでわたしは身一つ放り出された形になっている。もうすぐ冬だというのに、上着も着ずに携帯もなければ財布もない。でも今更帰るのは決まりが悪いし、何より帰ったところでどうせまた喧嘩をするのはわかりきっている。はあ、さむ。冷たい風か吹いて思わずくしゃみをした。誰もいない道路にひとりしゃがみこむ。お金がないと何もできないな。ああ、今晩どうすればいいのだろう。

その時、目の前に一台の車が止まった。


「こんな時間にどうしたの?」


高尾くんが神様に見えた。







とりあえず乗りなよ、と言う高尾くんのお言葉に甘えて助手席に座った。高尾くんから普段はしない煙草の匂いがした。大学生になってから苦手意識はなくなったけれど、やっぱり好きにはなれない。吸っていたのか、それとも他の理由があるのか。


「高尾くんって煙草吸うの?」
「あ、臭った?ごめんね、さっき飲み会だったからさ。あ、俺は勿論飲んでないからヘーキ」


運転しながら高尾くんは笑った。言葉にはしないけれど、わずかに女物の香水の匂いがした。もしかしてかもしれないけれど、高尾くんはきっと今他の女の子を送った帰りなんじゃないかなそして、何もしないで帰ってきたんだろうなあ、と思った。高尾くんは優しいから。

「高尾くんってさ、モテるでしょ」
「んなことねーよ」
「またまたー!こんなに優しくて女の子がころっといかないはずないじゃない!」
「……ほんとに好きな人に振り向いてもらえなかったらそんなの何も意味ないよ」

優しすぎるから。きっと高尾くんは優しすぎるから、みんなが弱ってる時に助けて、励ましてあげて、それだけなんだ。もしかして、誰の一番にもなれないのかもしれない。わたしも高尾くんの優しさに何度も助けられた。高尾くんはきっと、永遠の二番目。

「今日は彼氏と喧嘩?」
「うん…」
「うまくいってねーの?」
「わかんない。昔よりもずっと距離が離れてる気がする。好きだけど、でもわかんない。この気持ちがニセモノのような気がして」
「…俺さ、」

車が止まった。この時間じゃあ人も車も通らないとはいえ、道路のど真ん中だ。どうしたのだろう、高尾くんのほうを見るけれど俯いていて表情は見えない。数少ない街頭の光が車のボンネットを青白く照らしてなんとなく怖くなった。

「優しいって言われるけど、そんなことねーよ。…今だって打算で動いてるし」
「え……?」
「なあ、なんでそんな風に言うくせにあいつのとこにいるんだよ。俺じゃ…俺じゃだめなのかよ。なんで俺じゃ」

唇をきゅっと噛みしめるのが見えた。俯いていて、こっちを見ようとしない。ちっとも、気づかなかった。高尾くんの優しさはみんなに平等で、ただただ助けられてばかりだと思っていた。その影で高尾くんが何を考えていたのかも知らず。

「高尾くん、」

なんで、だろう。なんであの人の所にいるのだろう。わからない。好きなのか、どこが好きで一緒にいるのか、ちっとも思い出せない。そんなことよりもわたしは今、

「高尾くん。……今夜は一緒にいて。一緒にいてほしいの、わたしがいたいの」
「…うち、行くけどいいの?期待しちゃうけど、いいの」
「…うん」

これは裏切ることになるのだろうか。わからない。わたしの気持ちは今どこにあるのか。一つ言えることは、確実にあの人のとこから離れて、今のわたしは高尾くんしか見えていないということ。

高尾くんの左手がわたしの首にまわって、そっと引き寄せられた。ハンドルにかけられていた右手をギュッと両手で包み込んで、高尾くんを見た。随分久しぶりに交わったように感じる。高尾くんの瞳に吸い込まれるような気がして、わたしは思わず彼の唇に噛み付いた。




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