繋いでいた手を離した。その行動を起こすまでに何度も何度も躊躇った。惜しむ暇もないくらいサッと離せればよかったのに。ゆっくりと、絡み合っていた指を解いて、そしてまだ温もりの残る左の掌が宙ぶらりんになる。行き場のなくなった左手は膝の上へと収まった。怖くて顔をあげることができない。隣に座る彼の、青峰の表情が見れない。

ヒュンッ、と風が吹いた。寒さがスカートとブーツの間の素肌を突き刺す。さむ、と思わず声が漏れた、と同時に隣からも同じ言葉が聞こえてきた。沈黙。いつも喧嘩ばかりしていた。毎日毎日小さなことで、くだらないことで衝突して、時にはわたしが家から飛び出したりもして。それでも最後は青峰が迎えにきてくれて、わたしは彼の元に戻った。いつだって同じことで喜んで、同じことで怒って、同じことで悲しんで、同じことで楽しんで、笑った。それがしあわせだった。
空を見上げた。雲一つない空で、たくさんの星が光ってる。今晩は満月だ。


「綺麗だね」
「…何が」
「空。そういえば、わたしが大学入ってすぐのゴールデンウイークにキャンプ行ったよね。その時も綺麗だったなあ」
「…覚えてねぇよ、そんなこと」
「わたしは忘れてないよ。バーベキューしたあとに一緒に見たんだよ。またキャンプ行こうねって言ったけど結局青峰が忙しくて行けなかったね」


全部忘れてないよ。中学の時初めて出会った時のこと。初めて好きって思った時のこと。初めてキスした時のこと。一緒になれたこと。買い物もに行ったこと。旅行に行ったこと。おうちでゴロゴロしてた時の会話も、一緒に寝て抱きしめてくれた時のあなたの暖かさも。


「じゃあなんでだよ。ふざけんな、俺は、」
「ずっと一緒にいれると思ってた。死ぬまでずっと、皺くちゃになっても、覚えてたこと全部忘れたとしても。しあわせだと思ったの。でも、もうだめだよ」


左手の薬指にはめていた指輪を外した。1年前に、青峰がくれたもの。在学中にくれた安いものじゃなくて、ちゃんとしたそれは、月の光で青白く光り、異様な存在感を放つ。もうこれを、わたしは持っていることはできない。


「ありがとう。…ごめんね」


こんなわたしを少しでも愛してくれてありがとう。隣に居させてくれてありがとう。抱きしめてくれてありがとう。しあわせを、ありがとう。


「ごめんっ…ね…」


最後の我儘を許して。青峰の顔を見た。気づかなかった。ずっとわたしのことを見ていてくれたこと。ありがとう、最後まで。あと少しだから、お願い。心の中でそう呟いて、青峰の背中に手を回した。やがて同じように彼の手がわたしの背中にまわり、強く抱きしめられる。あったかい、つらくても、悲しくても、疲れてても全部どうでもよくなる青峰の腕の中。不思議、まるで魔法のような。こうされるのがわたしは一番好きだった。暖かくて、青峰の匂いがして。ごめんね、もう最後だから、これで終わりにするから。もう二度と、あなたの名前を呼ばないから。





121122
♪楔/奥華子
企画世界が終わる夜に様に提出


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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