「よし、これでバッチリね!」
「ありがとう!」

親友に太鼓判を押され、ドン、と背中を叩かれた瞬間、わたしは盛大にこけてしまった。



馴れない靴というのは履くべきではない。今まで履いたことのない踵の高いピンヒールのサンダルは、気を抜けばすぐにガクっといってしまう。それもこれもなんで……なんで臨也のためなんかにこんな靴を!べっ、べつにオシャレとかそんなことしてるわけじゃ……いやオシャレなんだけど…。はあ、臨也に笑われそう。

喧嘩相手だと信じて疑っていなかった3ヶ月前。恋心を自覚した2ヶ月前。恋人関係になった1ヶ月前。なぜ臨也なのかと言われたらわたしも未だに疑問がある。腹立つことも殺意が沸くことだってしょっちゅうだ。臨也にとってわたしは平和島くんと同じような存在だと思ってたのに。臨也は顔だけが取り柄だから、顔だけが取り柄だから(大事なことだから2回言いました)少しときめいてしまったことは認める。だ が !何やかんやで言いくるめられてわたしのハートを盗んで行くのは予想外だった。ちくしょう、ほんとムカつく。臨也のくせに。

しかも臨也は恋人になったからといってわたしに対する態度を変えるわけでもなかった。…毎日一緒に帰るようにはなったけど。そんな何の進展もなかった付き合ってから3週間がたった日、臨也が「今度の日曜日どこかに行こうか」と言ってきたのだ。はっきり言って何かたくらんでるとしか思えなかったわたしは即座に断った。しかしそこは人の話を聞かない臨也である、「12時に池袋駅の東口ね」夜の12時に行ってやろうと思ったらソッコーで「昼に決まってるでしょ」と言われた。ちくしょう!



そんなこんなで日曜日、出かけることになってしまったのだ。一応デートなのかなこれ?と親友のなっちゃん(男遊び大好き!)に相談したところ、「たまにはあんたが折原をぎゃふんと言わせなさい!」と言うことで前日の土曜日になっちゃんの家に泊まり、夜通し男をドキッとさせるテクニックを仕込まれ、次の日の朝に化粧やら何やらを施されることになった。普段すっぴんのわたしには例え薄くても馴れない化粧に、丈の短いひらひらしたワンピース。クソ恥ずかしいのでズボンをはきたいといったのだが却下された。「折原をドキンとぎゃふんと言わせてやるのよ」……彼女は臨也に何か恨みでもあるのだろうか。


「あっ」

歩くのに気を遣っていたらいつのまにか12時を過ぎていた。殺される…!しかしこんな靴では走れない。コケるのも恥ずかしいし、それこそ臨也の前でコケたら一生ネタにされる。
なるべく早足で、コケないように一方的に指定された待ち合わせ場所に行くと、すでに臨也はいた。

「遅い」
「お、女の子はいろいろと時間がかかるんだよ!」
「頭が悪い言い訳だね。そこまで逆算して行動しなよ」
「うぐっ…」

だいたいこんな靴を履かされるなんて思ってなかったんだ。これなっちゃんのだし。でもオシャレしたとか言いたくないから黙ってよう。

「きょ、今日はわたしに何をしようってんのよ!」
「何ってデートでしょ」
「嘘ね!あんた絶対何か企んでるでしょ!」
「…仮にも恋人に対して酷いな」

“恋人”その言葉に一瞬どきりとする。臨也は本当にわたしのことを恋人だと思ってるのか?
て い う か !仮って何!!

「仮じゃないでしょ?!」
「当たり前じゃん」

そ、そうだよね。って何安心してんのわたし!
悟られないようにと必死に装ったポーカーフェースが臨也にはバレバレだったことにわたしは気づかなかった。




デート(と一応言っておく)は驚くほど普通のデートだった。ファミレスでお昼を食べて、今流行りの映画を見て(終わって1番に「つまらなかったな」と言ったのには大変萎えたが)、公園のベンチでだらだらと喋るなんてどんなデートだ。挙げ句臨也が自販機でジュースを買ってくれた時には恐怖を感じた。丁重にお断りしたのに全く聞き入れられず無理矢理口に突っ込まれた。後で何倍にして奢らされるんだろう。恐ろしい。

「ねぇ」

普通すぎて、怖かった。臨也との関係が普通の恋人のようで、わたしはどうしていいかわからなかった。わたしはどうやって臨也に接していた?わからない。一言多いムカつく口調は全く変わらないのに、昔の臨也とは違った。そんな臨也に終始ドキドキさせられっぱなしのわたし。なんて言えばいいかわからない、というかお昼に会ってから臨也と何を話していたかなんてちっとも思い出せない。今だって、こんなに心臓がバクバクと言ってる。

「聞いてる?」
「…っ何?!」
「今日はずっとそうだね。いくら俺がかっこいいからってそんなに緊張されると困るなあ」
「緊張なんかしてない!」

あームカつく。隣で小ばかにしたように笑う臨也がムカつく。そして、まともに臨也の顔を見られるようにしてくれたのが1番ムカつく。

「馬子にも衣装とはよく言ったもんだよね」
「黙れうざ也」
「しかもそんな馴れない靴なんて履いてきて!馴れない背伸びしたオシャレをする中学生みたいで面白かったからついつい遠回りしてたくさん歩いちゃったよ」
「ふざけんな!」

なんか無駄な歩きが多い気がしてたんだよ!…わ、わたしと長く話すために遠回りしてたのかと思っちゃってたのに!ムカつく!ムカつく臨也殺す!

「臨也殺す」
「シズちゃんみたいなこと言わないでよ」
「平和島くんと協力すればできる、今なら殺れる」
「…まったくさ、」

その瞬間臨也の腕がスッと伸びて細い指がわたしの顎を掴み、ぐいっと引き寄せた。少しでも動けば唇が触れ合ってしまうくらいに。

「大概俺も人間だからさ」
「人並みの感情は持ち合わせてるんだよね」

そのままわたしの顔が臨也の顔に近づき、はたまた臨也の顔がわたしに近づいたのかはわからないが、わたしの唇と臨也のそれが重なった。臨也は真っすぐわたしを見ていた。わたしもその視線から反らすことができない。
長い長い時間のように感じた。わたしも臨也も1ミリも動かなかった。やがて、臨也はわたしの顎を掴んでいた指を離し、何もなかったかのように先程の体制に戻った。

「ほかの男の話はやめてよね」

それって、

「…嫉妬?」
「あーあ、さっきのジュースの何倍奢ってもらおうかな」
「頼んでないのに!」

ムカつくけど臨也よりばかなわたしには臨也のポーカーフェースを見破るだけの力はなかった。でもいいや、臨也の可愛いとこ見れたし。このドキドキは心地好い。臨也も、わたしのようにドキドキしているのだろうか。

「暗くなるし帰ろうか」
「送ってくれるの?明日は雪かな」
「一応彼氏だからね、あと刺すよ?」
「送り狼に気をつけなきゃ〜」
「誰も襲わないよ貧乳」
「一応彼女だけど臨也殺す!」



今までと同じようで、まるで違った関係性に心地好さを感じるまであと10秒。自覚するまであと7日。





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