わたしが知っている限り、女友達の中では多分わたしが一番仲が良いのではないかと思っている。休み時間はよく話すし、たまに一緒にお昼を食べることもある。数少ないバスケ部のオフをわたしと過ごすことも多数。男女関係なく友達の多い高尾なので、例えそこに特別な感情はないだろうけど。


「なー来週の日曜日の練習なくなったんだけどさ、暇?」
「なにー?暇だよ」
「だよなー」
「ムカつくんだけど」
「わりわり。おまえこの前見たいって言ってた映画のDVDさ、親が買ってきたんだけどどうせなら一緒に見ねえ?」
「えっ行く!」


こんな風に軽く交わした会話ではあるが、高尾の家に行くのは初めてだ。今までだって二人で出かけたことはあったけど、家というのはなかなか緊張する。高尾の部屋で見る、んだよね。普段からこんな風に簡単に女の子を家にあげるのだろうか。それとも本当にわたしが女として認識されていないのか。兎にも角にも、放課後わたしは新しい服を買いに行かなくてはならない。










呼吸を整え、勇気を出して高尾家のインターホンを押すと、暫くして高尾本人が出てきた。


「よお、上がって」
「お邪魔しまーす。あれ、お母さんとかは?」
「ああ、うち今俺しかいねえんだ」


は?わたしがぽかんとしているのをよそに、高尾は呑気に「飲み物なんか持ってくから俺の部屋行っててー」とリビングへと消えていった。とりあえず落ち着け、落ち着けと心に言い聞かせながら階段を登ると、上がってすぐの正面の部屋の扉に“和成”というプレートがかかっていたので思わずクスリと笑ってしまった。


「失礼しまーす‥」


高尾の部屋は至ってシンプルだった。部活に関係するものが端にごろごろと転がってはいるが、それ以外あまり生活感が感じられない。そもそもあれだけ部活が忙しかったら家なんて寝て起きるだけなのだろう。話していたDVDはガラスのテーブルの上に置いてあった。そこに映る、自分の姿。いつもはポニーテールにしている髪をおろして、スカートは制服よりもちょっと短い丈のを先日買ったので、履いてみた。化粧も普段より気合いをいれている。‥‥今日に限ったことではないけれど。いつだってわたしは、高尾を意識してきた。仲の良い女友達のポジションをキープしたいと思いながらも、緑間くんと三人で出かける時も、二人で出かける時も、いつだって高尾に少しでも意識してもらいたくて、目一杯お洒落をした。伝わってるのかな。これだけ高尾のために‥‥‥結局友達から先に進む勇気のないわたしにこんなことを言う資格はないのだろうけど。


「あれ、座れよ」
「高尾ーこれ、お菓子買ってきた」
「わりーありがと」
「んじゃ、見るか」


高尾がDVDデッキにディスクを入れて、再生をはじめる。テーブルの長い辺はテレビと向き合っているため、必然的に隣り合って見ることになった。近い。兎に角近い。今までだって、映画館に映画を見に行ったことはあるし、レストランのボックス席で向かいに緑間くんが座って高尾と隣同士で座ったことだってある。なのに、なんでこんなにも緊張するのだろう。密室だから?誰もいないから?どうしてわたしばっかり意識してるんだろう。ズルい、ズルいよ高尾は。まだ序盤、しかもアクション映画だというのにわたしはひっそりと一筋の涙を流した。










「なかなか面白かったなー」
「そうだねぇ」


あの後、映画が終わる頃に高尾のお母さんが買い物から帰ってきて、リビングで高尾と高尾のお母さんが買ってきてくれたケーキを食べ、挙句夕飯までご馳走になってしまった。お邪魔してます、と声の震えを抑えながら挨拶すると、「聞いてるわ。とても仲が良いって。これからもよろしくね」なんて言われてしまった。高尾はわたしのことを仲の良い友達って家で話しているんだ。鼻がツンとするのを我慢して、はい、と頷いた。ご飯を食べ終わるとお父さんも帰ってきて、この家に来て初めて時計を見ると、短針はすでに9を刺していた。お母さんの、「送ってあげなさい」という言葉を経て、今に至る。


「高尾のお母さんもお父さんも優しいね」
「嫌じゃなかった?」
「ううん、楽しかったし。むしろ色々いただいて申し訳なくなっちゃった」
「それはいいけど‥‥あーこんなんじゃなかったのに」
「え?」
「言わなくちゃって思ってたけど」


隣を歩いていた高尾の歩みが止まる。気づくのが遅れて、わたしは数歩先で止まった。俯き加減だった高尾の顔が、目が、わたしを真っ直ぐ捉える。胸が、ドキンと鳴った気がした。


「おまえは、俺と二人でいることをどう思ってる?仲の良い友達?男の部屋に上がること何も思わない?‥‥気にしてるのは俺だけ?俺ばっか意識してる?俺は簡単に女と二人で出かけたりしないよ。いつだって、“特別”なんだ。かっこわりーけど‥‥怖くて、言えなかったけど」



「好きなんだよ。おまえのこと」



ごめん、と耳元で囁かれた後、長い腕に体が包まれた。外はそこそこに寒いのに、閉じ込められた高尾の中はとんでもなく暖かくて、そのまま融けてなくなってしまいそうだ、と思った。どれくらいの間こうしていただろう。わたしは抱きしめられたことに腕をまわすことも拒否することもできず、ただ黙って高尾にされるがままであった。リアルに聞こえてくる彼の心臓の音はわたしの心臓も同じように高鳴らせる。それからまた暫くして、高尾は静かに腕の拘束を解いた。ヒールをはいているためいつもより少し近くにある高尾の顔を見つめる。


「‥ごめん」


謝らないで。今度は、わたしが伝える番。わたしが勇気を出す番だ。



「好きだよ。一緒に出かけるのも、ご飯を食べるのも、家に行くのも、話すのも、全部‥全部高尾は特別だよ。だから、謝らないで。うれしっ‥‥!」


言い終える前に、伝え終える前にわたしは再び高尾の腕の中にいた。さっきよりもきつく。体が少し、震えている。


「嘘じゃない?」
「ほんとだよ」
「すっげー好きなんだけど」
「わたしも、好き」


腕をそっと高尾の背中にまわし、精一杯抱き返す。高尾の体が僅かに揺れて、顔がわたしの首元に埋れた。くすぐったいし、むず痒い。高尾の表情は見えないけれど、顔の熱さがなんとなく、肌を通して伝わってくる。愛しい、と思った。


好きだよ


その言葉をもう一度、夜空に向かって言うと、そのまま吸い込まれていった気がした。俺も、と耳元で囁く高尾の声はそのままわたしの中に吸い込まれていった。





120815
とけない魔法
企画黙礼様に提出





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テーマ「人外ファンタジー」
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