亮がちらりと腕時計を見た。何気ないように見ているが、先ほどからしきりに時間を気にしているのを、わたしはとっくに気づいていた。
「亮、どうしたの?」
「…ん、なんでもねぇよ?」
彼は笑った。わたしも笑った。本当はすごく泣きたかったのに。亮の優しさはわたしの胸を締めつける。狂おしいくらい愛しいその笑顔が今のわたしにら辛い。
「ねえ、亮」
「どうした?」
「……えっ、と…ごめん!ど忘れ!」
「なんだよそれ、気になるから思い出せよな」
また、笑った。わたしはこの屈託ない笑顔が好きなのだ。この笑顔がどんどんわたしを苦しめて、そしてわたしの決断を鈍らせる。
知っているのだ。彼がもうわたしを愛していないことを。気がつけば会う時間が減り、触れ合う時間もなくなっていた。しかし、このたまに会う時間のためにわたしは関係を断ち切れないでいる。ここに、愛はないのに。もう、彼はわたしを見ていないのに。それなのに、こうしてまだごく僅かな時間をわたしに与えてくれた。亮は、優しいから。
また、時計を見た。いやよ、行かないで。わざと不思議そうな顔をすれば、困ったような顔をして亮は笑った。
早く、言えばいいのに。もうわたしのことなんて愛していないって。わたしにはいつまでたっても口にすることができないから。
「ねえ、海に行きたい」
「え?」
「海。バイク乗せて。行こう?」
「…行くか」
やっぱり亮は優しい。きっとこの後、約束していたんでしょう?わたしの意地悪なわがままなんか取り合わなきゃいいのに。それなのに。
なんでこんなに優しいの。なんでこうして笑いかけてくれるの。亮、好きよ。すごく、好き。だから、もしあなたとの最後の日が来たら、わたしも精一杯の優しさであなたに答えるわ。
120620
♪泣いちゃうかも/モーニング娘。