「おはよう咲」
「お、おはよう幸村くん」
幸村くんの隣の席に座るようになって一週間、私は今だにまともな挨拶が返せていない。始業式の日、席につき呆けた私の顔を見た幸村くんは一言、
「とんだアホ面だね」
「え」
「咲って、呼んでいいかな」
「あ、はい」
「よろしくね、咲」
何かが違う気がした、いや、絶対に違う。しかし当の本人はわたしの目の前で相変わらず美しい笑顔を向けていた。気のせいだ、そうに違いない。まさかあの幸村くんが「アホ面」なんて、そんなこと。
「う、うん。よろしくね」
その日はわたしの聞き間違いだということで脳内処理し、忘れ去ろうとしていたのだが。
「あぁぁぁあ数学の教科書忘れた…」
次の日。
最悪だ、授業開始初日、しかも1時間目の教科書を忘れるなんてわたしどんだけ抜けてるんだろう。しかもこんなとこ幸村くんに見られて。絶対馬鹿だなって思ってるに違いな「ははっ、馬鹿だなあ」え?
「初日のしかも1時間目から忘れるなんて馬鹿なの?阿呆なの?死ぬの?」
「えっ、えっ」
「しょうがないから見せてあげるよ」
「えっ、はい」
「お礼も言えないの?失礼な女だね」
「…ありがとうございます…?」
聞き間違いだと思いたい。綺麗で、凛々しくて、一味違う威厳をまとった幸村くん。…だったはずなのに。これは本当に幸村くんなの?本物?
「あの…わたし何か幸村に嫌われるようなことしたかな」
「ふふ」
「幸村くんとわたしが話したの、昨日が初めてだよね?」
「ふふ」
わっかんねェェェ!!ただニコニコ笑うだけの幸村くん。そんな笑顔も美しいけどね、これ本物なのかな…心から笑ってるのだろうか。
相変わらず美しい笑顔を向ける幸村くんを見ながら、どうやらこの現実を受け止めなくてはならないのだと確信した。
120127