箒である程度糞やら何やらを掃き終えたので、後はホースで水を撒くだけになった。篠崎さんがホースを持ったので、俺は水道の蛇口を捻った。
「篠崎さんはこの後帰る?」
空はもう日が落ちかけていて薄暗くなってきている。女の子は危ないからな。送ってあげるのを口実に一緒に帰れたら……
「部活があるの」
その夢は2秒で崩れ去った。そういえば篠崎さんの部活って室内楽だったか?
「篠崎さんって室内楽部の部長なんだろ?」
「えっと、まあね。これでも部長です」
「これでもってすげー上手いんだろ?駿河から聞いてる」
ちなみに飼育当番に行く前、駿河から篠崎さんに関するあらゆる情報を聞き出しておいてある。特に音楽に関してはすごいらしく、膨大な情報を得た。そんなことないよと謙遜する篠崎さん。ここから少しでも会話を広げていきたい。
「聞きてーな、篠崎さんのバイオリン」
そりゃあクラシックは苦手さ、嫌いさ。でも篠崎さんと言われれば話は別。2人っきりで弾いてもらえたらたまったもんじゃない。
「鉢屋くんってクラシックはよく聞くの?」
「あぁ、好きなんだ」
…………………………………………………ちょっと待て。
「そうなの?ちょっと意外かも!」
「近くの文化会館でやるコンサートとか聞きに行ったりしてるんだ」
おいぃぃぃぃい!ちょっと黙れ俺の口ぃぃぃぃい!何勝手に嘘ついてんだ!何嘘八百並べてんだよ俺!ちょっと黙れマジで
「鉢屋くんクラシック好きなんだー」
雷が鳴った気がした。そして俺の頭上に落ちた、まるで漫画みたいに。あぁもう嘘だなんて言えない。クラシックなんて無理です大嫌いだなんて言えない。だって、
「何だか嬉しいな!」
こんな可愛い笑顔で言われたら嘘でしたなんて言えるわけないだろ!何であんなこと言ったんだ俺の口!少なくともこれから好きになるという方向もあったはずだ、なのになぜもう既に好きなパターンで入るんだ!俺は嘘をついてろくなことにならないのを知っている。今まで何回か酷い目にあったから。しかしこれは違う。絶対にバレてはいけない嘘なんだ。墓場まで持って行かなくては俺の恋が終わる。
「よし、掃除完了!鉢屋くんありがとね」
「あ、あぁ…」
今猛烈に泣きたい気分だ。数十秒前に戻りたい。タイムマシーンに乗らせてくれ、助けてド○えもん。
「鉢屋くんって思ってたより話やすいね。私勝手に無口な人なのかなって思ってたんだけど」
「…そんなことねえよ…」
「ごめんね!悪い意味じゃなくて…」
ああ彼女に気を使わせてしまった。しっかりしろ鉢屋三郎。せめて篠崎さんの前だけではかっこつけていなくては。
「いや、別に怒ってないし!」
「ほんと?よかった!趣味もあうみたいだし、また今度話そうね」
それじゃお先!お疲れ様、と言って篠崎さんは校舎の方へと戻って行った。とりあえず、あの嘘八百をどうにかしなくてはならない。俺は1つ溜め息をつき、とぼとぼと校舎の方へ足を進める。校門の前に他校の女がいたが、どうやら昨日のメールに納得していないらしい。まだこんなねちっこい女がいたのか。適当にあしらって家路についた。
そういや今日一日中携帯の電源切ったままだった。
100325