「三郎」
「ん、誰…………な、に?」
「放課後、会いたいんだけど」
「…わりぃ、もう、」
「話し、だけだから」
「わかった」
中庭で待ってる、そう言って女は教室を出て行った。
名前は、覚えていない。
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俺が一番よく遊んでた女。雷蔵達を除けば一番、一緒にいたかもしれないのに。何度も抱いたのに。彼女は何度も俺の名前を呼んでいたのに。俺は名前を覚えていなかった。もしかしたら呼んでいたかもしれない、でも今の俺には彼女の名前は全く思い出せない。最低だと思う。彼女の俺に対する気持ちがどうだったにしろ、こんなのは最低だ。何人もの女の子にこんな酷いことをして自分は今幸せになろうとしているなんて、そんな資格はないのかもしれない。同時に、篠崎さんと俺は決して釣り合わないんだと感じた。
放課後、言われた通り中庭に向かった。春が過ぎ、青々とした葉が茂る桜の木の下に、彼女はいた。
「三郎」
「話って何?」
「携帯繋がらないんだもん。電話もメールも」
「ごめん、あのさ」
「篠崎莉子さん」
「…!」
「好きなんでしょ?不破くん達と話してるの聞いた」
「…ごめん」
名前も知らない彼女はこんな俺を今どう思っているのだろう。今更?無理?応援する?どれも違う。
「三郎が誰かを好きになるなんてねー。一度だって誰かを本気で抱いたことなんてないくせに」
「ごめん」
「さっきから謝ってばっかじゃん。いいよ、私だって三郎と同じようなもんだし。ただビックリしたから確かめたかっただけ」
彼女はそう言って、大きな桜の木を見上げた。風と共に、彼女の長い金髪がふわりと揺れる。俺はこの髪が好きだった。染めて巻いてるのに痛んでいないさらさらの彼女の髪。
「じゃあ、俺行くわ」
「うん。…頑張ってね、三郎。望みは薄いと思うけど」
「うっせ」
最後まで、彼女は俺の知ってる彼女のままだった。ちょっと口は悪いけど、甘え上手で、優しかった彼女。──名前は思い出せないままだったけど。
俺は彼女を中庭に残したまま歩きだした。
「…好きだったよ、三郎」
これは、俺への罰。
110222