それからというもの、毎日の登校中や家で勉強したり漫画を読んだりしているときにはクラシックを聞くようにし始めた。はじめは取っつきにくいと思っていたものの、ずっと聞いていると案外耳に馴染んでくる。音楽史などもちょこちょこ勉強しているが、何より曲が作られた背景を調べると自然とその作曲家の歴史が分かってくるのだ。それを知ると意外と面白くて、曲の情景が浮かんだりする。その時初めて音楽の授業を真面目に受けなかったことを後悔した。
「この曲、すっげえいい曲だから今度ちゃんと聞いてみ」
俺が聞いていたiPodをみんなにに差し出すと、雷蔵は嬉しそうに笑った。
「何だかんだで好きになってるんだね、クラシック」
「まじかよ、あり得ねー!」
「ハチも一回聞いてみろ。感動的な曲なんだぞ」
「一週間前の三郎からは想像がつかないな」
そう、あの飼育当番をした日からもう一週間が経過している。もしかしたら篠崎さんの記憶の中から俺が忘れ去られている可能性も考えられたのだが、あえて今は我慢することにした。クラシックについての知識を増やす、まずはそれからだ。結果知識だけでなく好きになってしまったから結果オーライである。
「そろそろハンカチ返しに行ったら?三郎頑張ったしクラシックの話振られても多少はできると思うよ」
「あぁ。今日の昼に返しに行こうと思う」
「頑張れよー!」
「そういえば今日の昼飯は豆腐ハンバーグだ」
兵助の呟きは関係ないが、雷蔵とハチの励ましにはとても勇気づけられる。よし、アタックあるのみだ!頑張って話をしてこよう。
*
そして昼、ついにD組にやって来た。心臓がバクバクと鳴る。落ち着け、俺。綺麗に洗ってアイロンをかけた篠崎さんのハンカチを握り締め、深く一回深呼吸。すう、はあ。よし、行くぞ。
「三郎?」
そして俺がD組の扉に手をかけて開けようとしたら、先に扉がガラッと開いた。出てきたのは元セフレの女。……何だよこのタイミング。
「…何か用?」
「あぁ。お前にじゃねーけど」
「あっそ」
そう言ってそいつはそのまま教室を出て行った。あいつ、どんな奴だったかな。思い返してみると、随所随所でモーションをかけられていた気がする。だとしたら申し訳ない、と思った。初めて恋をしてわかったこと、そして後悔したこと。それは沢山の女の子を傷つけてしまったことだ。俺と同じ様な考えを持って関係を続けて来た子もいる。しかし、俺を好きになってくれた子もいた。今更、わかった。俺はとても酷いことをしてきたのだと。本当は俺の初恋なんか叶うべきじゃないのかもしれない。それでも、叶えたい。我が儘だとは分かってる。俺の恋が叶ったとき、その時は関係を持った子達に謝ろう、そう決めた。勿論、例え叶わなかったとしても。
何か決意のようなものを固め、俺は篠崎さんを探し席に向かった。
100326