久しぶりの朝練がない日。通勤ラッシュによる満員電車に乗りわたしは揺られていた。普段はもっと早いので余裕で座れるのに、疲れるし暑いし満員電車はこれだから嫌いだ。電車が止まるたびに人が乗ってきてどんどんわたしは奥へと押し込まれていく。早く降りたい、あと何駅だっけと今止まっている駅を必死に見ようとしたその時、おしりのあたりに生暖かい感触が当たった。たまたまだと思った。けれどそれは違ったようで、これは所謂痴漢だ。
2年以上ずっと乗っていてこんな目に合うのは初めてだ、と頭の半分で冷静に考えて、もう片方ではじわりじわりと焦りはじめる。というか、気持ち悪い。大きな手がお尻を撫で回して暑い電車の中だというのに鳥肌がたった。やばい、どうしよう。腕を掴もうにも混みすぎていて手が動かせない。とりあえず次の駅で降りよう、そう決めた時だった。


「何してるんですか?」


後ろから声が聞こえてきて、同時にお尻を触っていた手が離れた。狭い中無理をして体をぎぎぎと振り向かせると、そこにいたのは去年まで同じクラスでバスケ部でそれなりに仲の良かった伊藤くん。伊藤くんはハゲ散らかしたスーツを着たおじさんの手首を掴んでいて、わたしが伊藤くんに気づいたのがわかると、ニコリと笑った。


「綾瀬平気?とりあえず降りようか」


止まった駅はちょうど学校の最寄り駅で、伊藤くんとおじさんと3人で電車を降りた。そのまま伊藤くんはおじさんを駅員さんに突き出し、駅員さんにはどうしたいかを聞かれた。面倒なのが嫌いなのでとりあえずわたしは特にないですどうでもいいです、と言ってその場を後にした。


「あれでよかったの?」
「いいよ別に。普段はあの時間乗らないしさ。あ、お願いがあるんだけど」
「笠松には言わないつもり?」
「…まあ、迷惑かけちゃうことになりそうだし。お願い!ハーゲンダッツあげるから!頼むよ伊藤くん!」


そう言ってわたしは少し先を歩く友達の元へと向かった。初めてだったけど、もうこの先こんなことはないだろう。言ったら幸男に怒られて送るとかなんだと言われかねない。それは申し訳ない話なので、とりあえず黙っておくのが得策だと考えた。

のだが。


「お前、俺に言わなくちゃいけねぇことあるだろ」


放課後の練習のあと、着替えが終わって部室を出ると、笠松と黄瀬と森山がいた。そして、眉間に皺を寄せて般若のように怒っている笠松。あ、伊藤の野郎。言ったな…!


「えーっと、痴漢に」
「馬鹿野郎!!」
「どうしようもないじゃん!それに触られちゃったもんは…」
「何で俺に言わねぇんだよ!」
「だって言ったら心配かけるでしょ」
「たりめーだろうが!」
「それは綾瀬が悪い」
「俺もそう思うッス」
「えぇー…だって言ったら笠松……」
「おい、黄瀬」
「はーい、凛先輩、明日から俺と同じ電車乗りましょうねー」
「は?!」
「そうしろ」
「黄瀬、悪いな」
「お安い御用ッスよー」


どんどん話は進んで、じゃあ何分の電車で何両目に乗ってますね、なんてとこまで言われてしまいもう拒否権はないのだと悟った。黄瀬とはたまに帰りに電車に乗るが、とにかく目立つのだ。同じバスケ部だし、校内では幸男と付き合っているのがそれなりに知られているので一緒にいても何か言われることはないが、外に出るとひそひそと話されているのがわかる。彼女かなあ、とかその類だ。全くもって失礼である。黄瀬に興味なんてないのに。


「じゃあ笠松先輩、森山先輩、俺たちはここで」
「お疲れ様〜」
「明日ちゃんと黄瀬と来いよ」
「わかったってば!」


2人と別れて黄瀬と改札を潜る。電車に乗れば、いつものように浴びる注目。


「これだから黄瀬と電車乗りたくないんだってば。ねえ、明日から黒髪にしてよ」
「いいじゃないスか〜モデルの彼氏と間違われるなんて!」
「ウザい。これ朝からやんの?」
「…綾瀬先輩って俺にだけ厳しいッスよね」


そりゃあこんな生意気な後輩は初めてだからね。嫌いではないしたまに可愛いところもあるなあとは思うけど。この自意識過剰振りはどうにかならないのだろうか。しかも過剰じゃなくて実際否定できないあたりがムカつく。でもまあ、いい奴だ。バスケには真剣だし。


「ごめんね、迷惑かけて」
「そんなことないッス!むしろ笠松先輩に任された!って感じで嬉しいッスよー!」
「黄瀬ってそういうところが犬っぽいよね。ていうか笠松大好きだよね」
「凛先輩には負けるッスけど」
「……」


あっ、照れた!とか言うあたりが兎に角うざい。とりあえず黄瀬の腹にグーパンを入れておいた。周りのチラチラとこっちを見ていた女の子達が目を見開いたのがわかった。こうしてできるのも、海常バスケ部の黄瀬涼太だからである。




121212


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -