今日は早く帰れると思う、昨日電話でそう言っていたから、部活が終わって彼女の家に直行した。それなのにアパートの扉には鍵がかかっていて、先日貰ったばかりの合鍵を使って家の中へと侵入した。

「御邪魔シマース」

真っ暗な部屋だった。電気をつけてすっかり自分用と化したスリッパをはいて狭いキッチンを通り抜け、リビングへと向かう。学生用のワンルーム、彼女といる時はたったふたりでも狭く感じるこの部屋がひとりだとちょうどよく感じた。テーブルの上にはエナジードリンクの空き缶とピアスやネックレス、アクセサリーが乱雑に置かれていた。いつも俺が来る時よりも片付いていない部屋に、彼女の香りを感じる。空き缶やその他散らばったゴミを集めて纏め、ピアスたちもアクセサリーケースに閉まった。暫く訪れていなかったが忙しかったのだろうか。週の半分は部活終わりに会いに来てくれていたが、本当は大学のレポートとか、バイトとか、多忙を極めていたんじゃないか。スマートフォンのメッセージアプリを立ち上げるも彼女からのメッセージはなく、昨日の夜の通話記録で止まったままだ。

“今何してるんですか”
“もう帰って来てると思って家あがってますよ”

メッセージを送り、画面をそのままにして暫く待ってみる。すると案外すぐに既読がついて、お酒のスタンプが返ってきた。

“迎えに行きますか?”

今度は車のスタンプだ。文字も打てないほど酔っ払っているのだろうか。とりあえず待つことにした。恐らくタクシーか誰かの車に乗っているんだろう、下手に家を空けたらすれ違いになりそうだ、というかこの前なったからおとなしく待つ。どれくらいで帰ってくるだろう。お風呂のお湯をためておこうか、それとも何か胃に優しい食べ物でも作っておいたほうがいいだろうか、うーんと悩んでいるとピンポーンと部屋のチャイムが鳴った。と思ったらそこからチャイムの連打。帰ってきたのか?誰かが一緒なのだろうか、ていうか鍵かかってないぞ。ガチャリとドアを開けると、そこには顔を真っ赤にしてヘラヘラと笑う彼女。

「くろおくーん」
「何してんすか」
「バイトおわってねー、のみにさそわれて、ことわれなくてね、たのしかった!」
「とりあえず中入りましょ」
「鍵がね、みつからなくて!くろおくんいなかったら入れなかったよ」
「多分鞄の中に入ってますよ」

アルコールが弱いくせに飲み会が好きな彼女は度々こうやって酔っ払って帰ってくる。今だってヘラヘラして、まるで千鳥足のようなよたよた歩きでキッチンを通り抜け、俺の背中へとダイブした。腰のあたりがぎゅうっと掴まれ、重くなって、暖かくなった。

「転ばないでください、ほら、寝る!」
「ころんだんじゃなくて、これはぎゅーだよ」

彼女は酔っ払うと抱きつき癖があるようだ。最近知った。益々呑んでほしくなくなる。名残惜しさを感じつつも腰に巻きつく腕を振りほどいてそのままベッドに寝かせた。とろんとした瞳で相変わらずヘラヘラと笑い、俺のシャツの裾を掴む。可愛いことをしたって今はダメだ。酒臭さで全部が台無し。

「明日は学校午後からですよね、目覚ましセットしておくからもう寝てください」
「くろおくんは、」
「俺も今日は泊まらせてもらうんで、一応朝一回起こしますから」
「...ごめんね」

しょぼんとした顔で掴んでいたシャツの裾を更に強く握ったのか、皺が寄った。いつもは年上ぶって余裕があるように見せて、こんな時に弱さを見せるのだ。いつだって俺の前では年上のオネーサン。俺の知らないところで彼女は弱音を吐き出して、誰かに甘えているのだろうか。ベッドの下にお酒の空き缶を見つけた。拾い上げてゴミ箱に捨てた。

「俺も早く大人になりてーな」

同級生には、その年齢では本当は手を出してはいけないものを摂取している人も大勢いる。それを知っていながらも、俺は手を出さなかったし、彼女もそうさせなかった。

「だめ、くろおくんは、スポーツマンでしょ」

シャツの裾を離して、空き缶を捨てた手をそっと握られた。小さくて柔らかい、そして熱い手だ。顔も手も足も、捲り上げればきっとお腹や背中だって、真っ赤だ。呑めないくせに、でも彼女はそれでもアルコールを呑むし拒否もしない。大人だからだ。まだ俺にはそんな場面は訪れない。

「年下のくろおくんだから、であったんだよ」

強い瞳で見つめられて、ハッとした。と思ったら次の瞬間には寝息をたてて眠りについた彼女に思わず溜息。まるで嵐のようだ。それでも、いつもと違った彼女が見れて嬉しかった。心を見透かされたけれど、それは彼女が俺を見ていてくれているから。彼女はいつも言う。年上とか同級生だったら、会わなかったかもしれない。黒尾くんが年下で、わたしが年上だから出会えたの。俺はいくつだって出会えたと思うし絶対に彼女を好きになっていたと思うけど、そう言うといつも照れ臭そうに笑う。年の差はもう逃れようもない事実で、それでも彼女は俺を好きだと言ってくれる。周りにいる大人よりも俺がいいと、そう言って選んでくれたのだ。だから俺は彼女を信じるし、安心して愛することができる。不安に刈られた時はいつも察して包み込んで引き寄せてくれる彼女の温かさに、俺は甘えている。それは母親のような優しさとは違う、恋人のそれ。

「おやすみなさい」

火照った頬にひとつキスをして、握られた小さな手をそっと外して布団を掛けた。シャワーを浴びたら客布団を出して寝よう。そういえば、客布団の場所は知っているけどこの部屋で別々に寝るのは初めてだ。やっぱり、布団に潜り込んでもいいだろうか。





141028

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -