近いようで遠いと思った。誰よりも近いと思っていたのに、気がつけば遠くなっていると感じた。いや、違う。ただ寂しいだけだ。欲が出たせい。
教室にいる時は誰よりも傍にいるはずである。たまに邪魔してくる御幸にも負けず隣をキープできているもの。部活は例外。でもそれはしょうがない。付き合う前はそう思っていたし気になることなんてなかった。わたしは野球が好きな倉持が好きなのであって、そこに口を出す気はない。と思っていたのだが、それはじめだけだった。周りの友だちが当たり前のように放課後デートして、休みの日は遠くに出かけたりして、たまに喧嘩した話を聞いて、それでも仲が良いね、なんて。わたし達にはトンと縁のない話だった。一緒に過ごせない放課後が当たり前から耐えられないものに変わって、そんな自分に心底嫌気が差す。わたしも、放課後デートがしてみたい。帰り道手を繋ぎながらぶらぶら街を歩いて、ウィンドウショッピングしたり、ふたりでひとつのクレープ食べたり。ゲーセンに寄ってプリ撮って、ふたりでゲームして遊んで。休みの日は遊園地とかに行ってお揃いの携帯のストラップ買うの。そんなこと、夢のまた夢だってわかっているのに。

携帯を握りしめて、開いて、やめた。電話も、メールすら憚られる。この時間は自主練してるかな、電話でもメールでも、返すのが少しでも面倒だと思われたら悲しいのでやめた。段々むしゃくしゃしてきてわけもなく家を飛び出した。夏の夜、風をきりながら自転車を漕ぐ。わたしの家から学校は歩いても15分ほどの場所だ。その学校から一番近いコンビニ、つまり青道生御用達であるコンビニに自転車を止めた。イライラには糖分と相場は決まっているのだ。何を食べようと考えながら自転車の鍵をかけて店内に入ると、なぜか聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

「ヒャハ、それはねーよ」

聞き間違えるはずもなかった。奥のアイスコーナーで電話しながら物色しているあの男の後ろ姿は間違えるはずもない。そして、なんとなく嫌だと思った。今こんな気持ちで会うのは避けたい。どうしよう、まだ後方にいるわたしには気づいてない、さっさとケーキか何かを買って帰るか、それとも今すぐ店を出てほかのコンビニに行くか。なんでそんなことをしなくちゃいけないのかよくわからないけど。どうしようか、電話を切った後もアイスコーナーをがさがさと漁るその後ろ姿を見つめながら少し考える。その時、右手に握っていた携帯のバイブがブブブ、と動いた。開いたそこに表示されている名前。

「『よお』」
「...もしもし」

倉持が振り返ってわたしを見た。ひどく驚いたような顔をして、目を見開いている。なんて顔してんのよ。野球してるならもっとポーカーフェースで、それこそ御幸のように、少しは感情隠しなさいよ。なんて、さっきまでどうやって避けようかと考えていたのにまるで違うことを考えていた。

「お前なんでいんの」

倉持が携帯を耳元から離した。わたしは通話を切った。

「家近いし。なんか食べたくて」
「太んぞ」
「別に関係ないでしょ」

倉持のせいだとは言えなかった。未だに先ほどの表情を崩さない倉持を無視するようにわたしは隣に並んで、アイスコーナーの上扉を開けた。

「やっぱガリガリ君かな」
「ケーキとか食わねえの」
「太るっていったの倉持じゃん」
「一口」

あげねーし!舌をべえっと出して会計を済ませた。倉持は何も買わずに出てきた。買ったばかりのガリガリ君をあけて食べると歯に染みたのか、ツーンとする。頭にもキーンとした。なんでわたし、甘いもの買いにきたのにガリガリ君買ったんだろう。確かに糖分は糖分だけど。

「一口」
「いいよ、半分あげる」
「送る」
「倉持なんか買いにきたんじゃないの」
「あとでいい」

倉持はわたしの食べているガリガリ君を奪って歩き出した。わたしも自転車をひいて隣に並ぶ。クレープではないけれど、ガリガリ君でもいいかな、とふと思った。

「こんな時間にそんな格好でウロつくなよ」
「そんな格好って、部屋着だけど一応ワンピースじゃん」
「そういうこと言ってんじゃねーよ。つーかバカかよこんな時間にひとりでコンビニとか女のくせに悲しすぎ」

だからそうさせたのは倉持でしょ。言いかけた言葉を飲み込んだ。違う。そんな言葉を言いたいんじゃない。伝える言葉はこれじゃない。

「ケーキ食べたかったの。いいでしょ」
「ンなもん言えば俺が買って持ってってやるっつーの」
「倉持だってパシられてんでしょ、そんな暇ないじゃん」
「後輩にやらせるからいい」

沢村くん、だ。心の中でパシリを押し付けられる沢村くんに合掌した。こんな先輩でごめんね。まあ、面倒見はいいんだろうけど。隣で相変わらずガリガリ君を食べる倉持を見ながらそんなことを思った。そして、わたしはアイスは噛む派だけど、倉持は舐める派だということに気がついた。至極どうでもいいことである。

「あのさあ、なんで電話したの」
「あ?しちゃわりーかよ」
「そうは言ってないじゃん、なんで喧嘩腰なの、ヤンキー」
「うっせ。元だ、元。つーかおまえもだろ」
「質問に答えて」
「あーー、声聞きたかった、じゃわりーかよ」
「...ばっかじゃないの」

何それ、倉持のくせに可愛いこと言って。何となく倉持のお腹にグーパンを入れてみた。何すんだよ!ってキレてきたので、これは沢村くんの分だ、と返してやった。きっとまた寮で沢村くんは倉持の憂さ晴らしに付き合わされるんだろう。嗚呼可哀想。

「おまえは、どうなんだよ」

家に着いた。自転車を止めて、倉持を見る。眉間にシワがよって、短い眉が近づいていた。

「うれしかったよ。ありがとう」
「...我慢ばっかりさせて、ごめん」
「いいの、いいから。ちゃんと倉持のこと、好きだよ」

歩きながら、わたしはやっぱり倉持のことが好きだと思った。それだけで十分。ほかに何が必要だというのか。欲張ることなんてない、わたしはこうして話すだけでしあわせになれるのだから。

倉持が近づいて、触れるだけのキスをした。またあした。倉持の走って帰る背中を見送って、見えなくなるまで見送って、わたしは家の扉を開ける。しあわせな1日だった。今日も、きっと明日も。





140313

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テーマ「人外ファンタジー」
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