「俺、佐藤さんのこと好きです」

言ってしまった。佐藤さんの目がみるみるうちに大きく開いていく。そして、一筋の涙が流れてぎょっとした。違う、そんな顔をさせたかったわけじゃない。……こんなことになるなら言わなければよかった。やっぱり、ただ伝えたいだけなんてそんなわがままなこと、


「ごめん、困らせたかったわけじゃないんだ。ほんとごめん、あの」
「違うの!違うの……そうじゃないの」


佐藤さんの目からひとつふたつと、大粒の涙が零れる。泣きじゃくる佐藤さんを慰めることも、肩を抱くこともできない。ほかでもない、原因は俺だから。違くないのに。佐藤さんの優しさが今は痛い。


「……わたしね、去年の秋、1つ下の弟がテニスをやってて、新人戦応援に行ったの」
「……?」
「その時、わたし会場で迷っちゃって。弟の試合の時間はとっくに過ぎちゃってもういいやって思って近くでやってた試合見ることにしたの。それがね、氷帝の、向日くんの試合だった。楽しそうで、わくわくして、向日くんすごくキラキラしてて、わたし一気に惹き込まれた。昨日言ったよね、わたし。……向日くんに会いたくて、わたしは氷帝に来たんだよ」


今度は俺が、大きく目を見開く番だった。嘘だろ?だって、そんな偶然で運命みたいなこと。あんな大きな会場で、たまたま氷帝の近くで、たまたま俺の試合見てたなんてそんな偶然、信じられるわけない。俺よりもずっと前から佐藤さんは俺のことを知っていた?
頭がうまく整理できない。かける言葉も見つからなくて、わたわたしていると、ようやく佐藤さんが少し笑った。目尻を下げて、鞄からハンカチを取り出して名前を拭いた。そしてそれを、俺に差し出してきた。……え?


「向日くん、泣いてる」
「なっ…いてねえ!」
「こんな偶然、あるんだね。わたしも、向日くんのこと好きだよ」


嘘じゃない、試しにこっそり足をつねってみたが痛かった。夢じゃない、目の前で、佐藤さんが俺に、好きって。それってつまり、次に大事なこと言ってもいいってことだよな?



「佐藤さん………俺と、付き合ってください」
「よろしくお願いします」


佐藤さんが貸してくれたハンカチで乱暴に涙を拭った。赤くなるよ、と言われたけど泣いてないから別に赤くなんてなんねえし。それにしてもこのハンカチすげー甘い匂いする。改めて、佐藤さん女子力高いしほんとに俺でいいのかな、なんて。


「部活、行かないの?」
「っあ!わり!俺行くわ!」


早く行かねえと!急いで荷物を纏めて教室を飛び出すと、佐藤さんが見送ってくれているのが見えた。ああ、俺今世界で一番幸せかもしんねえ。
部活に出ると、跡部にはため息をつかれ、侑士にはよかったなぁと頭を撫でられた。子ども扱いすんな!と怒っておいた。

コートの外を見るとちょうど、佐藤さんが帰るところだったのか、歩いていた。目がバチリと会う。


“がんばって”


そう言われた気がした。
勘違いもあったけど、無事解決して、今日からまたテニス頑張ろう。彼女が好きになってくれたきっかけでもあるテニス、負けるわけにはいかないから。





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