「随分と大きくなったね」
そう言われた。当たり前だろう、先輩とはもう10年ぐらい会っていないのだから。
「先輩はくの一にならなかったと聞いたんですが」
「最近働き始めたのよ。稼がなきゃ生きていけないから」
「潮江先輩は?城にスカウトされたんじゃ」
「死んだわ」
「…死んだ?」
「そう、死んだの。合戦で」
そう言った先輩の目には光なんてなかった。
学園で過ごした時間はたった一年だったが、記憶は色濃く残っている。潮江先輩の彼女。初めて見たときはこんな美人な人があの潮江先輩の彼女?信じられないと思ったが、2人でいる姿を見かける度に、その考えは薄れていった。いつもギンギンでランニングや10キロ算盤を強要してくる潮江先輩だったが、彼女といるときは唯一穏やかな笑顔だったのを覚えてる。何回か会計委員会にも顔を出してくれて、夜中に差し入れを持ってきてくれたり、睡魔に勝てない俺らの為に潮江先輩に「今日はもうやめたら?」と言ってくれたりした。いつもなら気合いが足りん!とか言う潮江先輩も彼女にだけは弱いらしく、渋々徹夜を諦めてくれた、あの時の驚きと言ったら忘れられない。
当時は10歳、慕っていたのは確かだ。どんな気持ちだったのかはわからない。尊敬か、それとも恋慕か。あれからもう10年。10年、だ。長いようで短い期間に、俺は変わった。10年前の自分なんて思い出せない。記憶があるのは初めて人を殺した日からだ。
これが、忍者。
実家を継ぐのか、忍者になるのか。迷った時もあったのは確かだ。でも、1人殺した時点でもう後戻りなんてできなかった。本格的な実戦を知らなかったあの頃。クラスのみんなで笑いあって、授業を受けて、先生達に散々迷惑かけて。はじめは純粋に楽しかった。実戦に駆り出されるようになると余計にその空間は居心地がよかった。ここには、は組には笑顔がある。優しさがある。みんながいる。仲間が。荒んだ心も学園にいるときだけは癒された。それでも一度汚れを知った心は戻ることもなく。
「随分と大きくなったね」
「10年です、それだけあれば人は変わります」
「変わらないものだってあるでしょう」
昔のように頭を撫でられるが、気に入らない。俺はもう小さな10歳のガキじゃないのに。
「俺は変わりました。変わらなきゃならなかったんだ」
「変わらざるをえないのよ、忍になるということはね」
「先輩は変わったんですか?」
「私は変わった。でもね、あの人は変わらなかった」
あの人。潮江先輩のことだろう。先輩は空を見つめた。何もない空を。
「団蔵には変わらないでほしかったな」
「無理です。人殺して変わらないほうが可笑しいじゃないですか」
「ははっ、それもそうか」
ケラケラと乾いた声で笑う先輩は痛々しい。くの一で戦忍になるという人は滅多にいない。くの一の本業は色を使うこと。つまり、先輩は他の男に体を渡した。
「心は渡してないわ。いつだって私の心はあの人のものよ」
「俺も……俺の心だって、先輩のものだから」
「…そう、不幸な人ね」
先輩の心が俺に向くことはない。先輩の潮江先輩を思う心はもう届かない。あぁ、なんて不幸なんだろう。結して叶わない一方通行の想いは、止まることを知らないのだ。
100409