大好きな先輩はとっても憧れて尊敬する立花先輩の彼女だった。
美男美女、っていうのは多分こういう人達を言うんだろう。整った容姿の2人は1人佇むだけで絵になるというのに、そんな彼らは恋人同士。休日はいつも一緒に出かけたり、忍たま長屋の庭でのんびり過ごしたりと、誰が見てもお似合いのカップルだ。2人の間に流れる空気はいつも穏やかで入り込む隙間なんてどこにもない。
出会いは忍術学園に入学してすぐのことだった。余りにも広すぎる学園の敷地内で忍たま長屋に辿り着けず、挙げ句多分綾部先輩の掘った蛸壺に落ちた僕を助けてくれたのが先輩だった。
「大丈夫?ほら捕まって」
笑顔の似合う人だと思った。ふわふわとした色素の薄い髪にその柔らかい笑顔は僕の緊張を和らげるには充分過ぎて。道を聞くと手を繋いで一緒に長屋まで付いて来てくれた。
「僕はそんなに子どもじゃありません」
「あぁ、ごめんね?私の家にも君みたいな弟がいるの。つい、ね」
「君じゃなくて笹山兵太夫です」
「じゃあ兵ちゃんだね」
また会えますかと聞いたら、どうだろうねと言われた。今ならちゃんとわかる。忍たまとくのたまは仲が悪いからそう簡単には会えない。それでも、たまに食堂で会うと声をかけてくれた。おはよう兵。兵元気?お疲れ様兵ちゃん。入学して初めての休日、お団子屋に連れていってくれた。宿題を教えてくれた。からくりを作ったり、は組のみんなで一緒にサッカーをしたり、たくさん。
その後、僕は尊敬する人に出会った。作法委員会委員長、立花先輩。初めてだった。この人についていこう、力になりたいと思った。憧れて、少しでも近づきたいと。
だけど、先輩と立花先輩が2人で仲睦まじく出かけるのを見たとき何かが崩れ落ちる音がした。そのとき初めて、あぁ、僕は先輩が好きだったんだと気づいた、がもう遅い。
「ごめんね兵ちゃん…ごめんね…」
こうやってギュッと抱き締めてくれるのも、僕が10歳の小さな男の子だから。何があったかは知らない。多分話してもくれないんだろう。恐らく立花先輩絡みだろうから。先輩はどんなことがあったって一度も立花先輩のことを僕に話したことがなかった。立花先輩が実習で酷い傷を負って戻ってきたときでさえ。くのたま長屋の裏で声を押し殺して泣いていたことは忘れもしない。
例え話してくれないとしても、僕は嬉しい。初めて先輩が僕に弱い部分を見せてくれたから。
「先輩」
「兵ちゃん…ごめんね…」
「いっぱい泣いていいですから」
そして僕のところに来てください。
そう言いたいのを我慢して飲み込んだ。今はまだその時じゃない。そんなことを言っていたら、多分一生その時は来ないだろうけど、それでも僕は夢を見る。
100318