何で今日に限って。
珍しく最高気温が氷点下を下回った。日中でさえ寒かったんだから、帰る頃にはもう有り得ないぐらい寒い。勿論朝も寒かったもんだからなかなか布団の中から出れなくて、やっとこさ出れたら今度はコタツの中から抜け出せなくなって、結局遅刻ギリギリになってしまった。そして出がけにバタバタしたもんだから手袋を忘れるという大失態を犯してしまったわけだ。流石にこの季節、3年生は受験勉強もいよいよラストスパートに入っていて、勉強嫌いな私も毎日夜遅くまで勉強してから帰っている。そんなもんだから手袋を持ってきていなかったことをすっかり忘れていて、かじかむ指先の痛さに必死に耐えながら帰路についた。ほおっと息を吐くと空気が白く染まる。凍える赤い指をなんとか温めたくて息を吹きかけるもちっとも変わらない。冬はあまり好きではない。寒いし、大好きな野球も見れないから。
「よっ」
「っ…何だ島崎か」
いきなり肩に重みを感じ、聞き慣れた声がした。驚いて振り向くと、そこには同じクラスで同じ部活だった島崎。
「今帰り?」
「うん、図書館で勉強してた」
「俺は教室。図書館って静かすぎて息詰まるんだよなー」
「あー、それはわかる。眠くなるしね」
「教室だったらわかんないとこも聞けるしな」
たわいのない話。そういえば、久しぶりだなぁ。部活を引退して、席替えをして席が離れて。段々話す機会も減っていった。それに、日が経つごとに島崎の女癖もどんどん悪くなっていったから。
流石に勉強が忙しくなったら落ち着いてきたみたいだけど。
「つかお前手袋は?」
「……忘れた」
「馬鹿だろお前」
「うっさいなーもう!今極限を通り越してあったかくなってきたからいいの!」
「ほらよ」
何、と言いかけたら隣から何かが投げつけられた。ちょっとびっくりして落とさないように受け取ると、それは随分と軽い。
「手袋?」
「明日返せよ」
「片方じゃ意味ないんだけど」
「うっせーな、だったら返せ」
「嫌だ」
投げつけられたものの正体は、島崎のつけている手袋の片割れだった。何で一つ。どうせなら二つ寄越せ、とは言えない。それは島崎の優しさで、照れ隠しだってわかってるから。他の女の子にだったら両方とも貸すのかな。それともそんな風に優しくしないのかな。どっちにしたって、多分片方だけっていうのは私だけなんだろう。嬉しいようで、酷く悲しい。期待したいのに期待できない。
好きだよ
小さい声で呟いてみる。伝えたいのに伝えられない。2歩程先を歩く島崎には決して聞こえないだろう。決して歩調を合わせてくれるわけではない。それも、全部私だから。私にだけの特別。
「もう、待ってよ!」
「お前がおせーんだ」
「女の子なんだからちょっとは合わせてよ!」
「あれ、お前って女?」
「ムカつく!」
ありがとう、とも言ってやらない。好きだよ、とも言ってやらない。それでも無意識に呟いたそれはマフラーに埋もれた。
100313
企画そして時間は動き出す様に提出