#2
その日の夜はなかなか眠れなかった。いろんなことが、ありすぎて。
あのあと、腰が抜けたわたしはどうにもこうにも動けず困り果てていた。立とうとしてもすぐ崩れ落ちてしまい歩くなんてもっての他。だだだって、ほっぺにちゅうって…!うわ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。とにかく気持ちが落ち着くまではしょうがない、さいわい人も少ないしこのままじっとしているほかないと半ば諦めていた時だった。
「どうしたの?立てない?」
なんと目の前に、また美形が現れたのだ。
「へ、は、えと、」
「床は冷たいでしょ。どうしようか…あ、こうすればいいね」
「……あの」
美形のお兄さんはわたしに背を向けて柔らかそうな茶髪を揺らしながらしゃがんだ。え?何をするつもりですか?わからないでいるとお兄さんはこちらを振り向いてにこりと笑った。
「ほら、おんぶ」
「あの、なんかすみません」
「いいのいいの、気にしないで」
重いからいいですとか少ししたら立てますからとか、散々お断りしたのに優しいお兄さんは何も言わずただ微笑んでいた。
…そしたら断ることもできなくて。お言葉に甘えて体を預けるとふわりと目線が高くなった。
「全然重くないじゃない。むしろ軽すぎるくらいだよ」
「あの、本当に大丈夫なんですけど、」
「こういう時は素直に甘えてたほうがお得って知ってた?」
なんと優しいお兄さんはわたしをわざわざ駅まで連れていってくれるらしい。まあ徒歩5分くらいなんだけど、それでも忙しい身のはずなのに。
「あの、お仕事とか大丈夫ですか?」
「ふふ、大丈夫大丈夫。今まで営業で外に出ててちょうど帰ってきたところだか…うわあっ!」
「きゃ…っ」
突然お兄さんが前のめりになった。慣性の法則によってわたしも前のめりになって、お兄さんの髪に顔からダイブしてしまった。
「ご、ごめん!大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です、はい」
本当はちょこっとだけ鼻を打ってジンジンするけどそんなのいちいち報告することでもない。
「僕、生まれたときから不運でね。良く何もないところでコケるんだ」
恥ずかしそうにポツリと呟きながらお兄さんはわたしをまた背負いなおした。
「…幸運は自分で掴むものです」
「え?」
「幸運は、待ってるだけじゃやってきてはくれない。自分から迎えに行かなきゃ手に入らないんですよ」
「………君は」
「なんて、偉そうにすみません。母の受け売りなんですけど」
でもわたしはその考え方好きなんです、と言ったらお兄さんはまた優しい顔で僕もかな、と笑った。少しドキドキした。
「あ、もう歩けそうなので、ここまでで大丈夫です」
気づけば既に駅が見えていた。もうすぐそこまで。まだ心配そうなお兄さんはしぶしぶわたしを地面に降ろし、わたしがちゃんと立っていることを確認するといくらか安堵したようだった。
「本当にありがとうございました」
「僕が勝手にしたことだからいいんだ」
今度は気を付けてね、と言われたから慌ててぺこりとお辞儀をするとぽんぽんと頭を撫でられた。今日は良く頭を撫でられる日だなあ。あとそろそろ心臓がもたない。
駅前で別れてから、そういえばお兄さんの名前を聞いていなかったことに気づいてやるせなくなった。後で御礼をしようと思ったのに。
いつもより速い鼓動を感じながら、わたしはまだ見慣れない改札を抜けた。
▽兵ちゃんでてない
ヒロインの名前もでてない
…お粗末様でした。
ちなみに不運なお兄さんは
もちろん139です。
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