番外編


あれは僕が13歳の時だった。ちょうど両親が不仲で毎日喧嘩ばかりしていたのをなんとはなしにただ見ていた頃の話。

僕は両親があまり好きではなかった。父親はすぐ母親に暴力を振るうし、母親は泣き叫んでばかりだし。そのうち面倒くさくなって家にも帰らなくなった頃の話だ。

まあお約束というか、良く不良に絡まれた。夜中にうろうろしてたのもあるけど、制服のままだったから警察に見つかったら面倒なことになるし、あまり人通りのないようなところにいたから。
自慢じゃないけど、喧嘩に負けたことはなかった。そのせいかしばらくして僕に喧嘩を吹っ掛ける馬鹿はいなくなって退屈だったけど。

そう、僕は退屈だったんだ。両親はどちらも僕を連れ戻そうとはしなかったし。学校は学校でまるで僕なんか最初からいなかったかのように振る舞うし。この感情をどう表せばいいのかわからなくて、僕は退屈なんだと思い込んでいた。



ある日、公園のベンチで昼寝していたら顔に影がかかった。久しぶりに喧嘩でも売られたかと瞼を上げると、視界いっぱいに小さな女の子の顔が映ったんだ。


「あ、起きた!」
「…は?」


初めて交わした言葉がこれ。いや、は?ってなるでしょ普通。
とにかく状況がわからなくて上半身を起こすと、少女は首を傾げた。

「泣いてるの?」

泣いてる?僕が?

泣くわけないだろ。泣く理由もないし。念のために頬に手を伸ばしても濡れた気配はない。


「泣いてないけど」
「じゃあ、悲しいの?寂しいの?」


そう言って何のつもりか僕の頭を撫でた。

なんなんだ、コイツは。

見上げる瞳は心なしか潤んでいるようにも見える。

そうか、お前も僕に同情しているのか。

…同情なんて、



「じゃあ、お兄ちゃんが泣けない分、わたしが泣いてあげる…」


いらない、はずだった。


つ、と少女の頬を伝った雫はひどく透き通っていて、僕は不覚にもそれに魅入ってしまった。それを見ただけで、少女がどれほど純粋でありまっさらであるかが分かってしまうほど、それは綺麗だったから。

思わず僕は、まだ頭に乗ったままの少女の小さな手を掴み下ろした。


「…なんで君が泣くのさ」
「……わからない、けど、お兄ちゃんを見たら、悲しくなって…」
「何それ」
「うぅー…っ」


ベンチに座ってる僕の目の前で泣くもんだから、しょうがなく握ったままの少女の手を引いて腕の中に抱く。少女は小さいけれど、暖かかった。暖かくて、柔らかくて。
僕は本当はコレが欲しかったのかもしれないなんて、そんな馬鹿げたことを考えたのも、全部この少女のせい。

それから僕が転校するまでの2ヶ月、その少女は僕に会いに来た。やさしい2ヶ月だった。そのおかげで僕は高校までをまともに卒業できたんだと思う。

僕だけが名前の名前を知っていたから、いま名前が僕を覚えてないのも仕方ないんだろうけど。





「笹山さん?」

こうやって今、同じ会社で上司と部下の関係になってるって、あの時の僕は想像もしていなかっただろうね。

「なに?名前」
「いえ、なんだか心ここにあらずって感じだったので」
「別に、ちょっと思い出に浸ってただけ」
「女の人にキャーキャー言われてた大学時代のことですか?」
「…お前、それ誰から聞いた」
「加藤さんからですが」
「……あいつ、いつかころす」
「それに、高校時代は告白してくる女の子をこっぴどく振り続けて100人斬りならぬ100人泣かせをしただとか、それから…むぐ」
「ねぇ、それ以上言ったら口塞ぐよ」
「……っぷは、もう塞いでるじゃないですか!」
「ああ、手が勝手に」
「もう!」



こっぴどく振り続けて?当たり前だろ。


僕はずっと、お前だけを想ってきたんだからさ。




  



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