#8



「あ…」
「お?お前はこの前の」
「えっと、迷子トリオのせんぱ…」
「頼むからそれ言わないでくれ。俺は富松だ」
「す、すみません、富松さん」

営業部に書類を届けに行ってくれないかと部長に頼まれ、おつかい気分で引き受けた。

早速行ってみれば取り次いでくれたのはなんと先日屋上で偶然会った迷子トリ…っと、えと、富松さん、だったのだ。わあ、偶然。

「つーか、お前の名前は?見たことなかったし新入社員ってところか」
「あ、はい。今年入社して企画部に配属されました、苗字名前です」

そういえば自己紹介してなかった。でもあの時は笹山さんが私の手を引っ張ってどんどん屋上から出ていってしまったのだからそんな時間があるはずもなかったのだ。あれから笹山さんはせっかく苦労して登ってきた階段を降り、結局は企画部のオフィスに戻ってお弁当を広げた。周りの人がなんかにやにやしてたけど、なんだったんだろう。


「で?何か用があって来たんだろ?」
「あ、はい。善法寺部長から預かってきた書類です」
「おう、預かる」
「お願いします」

書類を渡して頭を下げると、富松さんは受け取った書類をひらひらと靡かせながらこちらをじっと見た。それがなんだか品定めされてるみたいで少し居心地が悪い。思わず身じろぎすると、そんな私に気づいたのか富松さんは「悪い悪い」と笑う。怒っているイメージしかなかったからちょっとびっくり。この人笑えるんだ。なんて失礼なことを考えていると、富松さんは至極真面目な顔をして腕を組んだ。

「いや、前と随分女の趣味が変わったと思ってな」
「…富松さんがですか?」
「俺じゃねーよ、笹山」
「笹山さん?」

なんでここで笹山さんが出てくるの?首を傾げると目の前の彼は、ははーん、とにやける。

「その反応じゃまだ手ェ付けてないってことか。あいつも可愛いところあるからな。本命には手も足も…」

富松さんの言葉がそこで途切れたのと、後ろから誰かにグイっと腕を引かれたのはほぼ同時だった。


「コイツに変なこと吹き込まないでください迷子トリオの富松先輩」
「さ、笹山さん」

完全なる不意打ちだったためによろけた私は、なんとまあ笹山さんに背中から飛び込んでいた。見上げた彼の眉間には尋常じゃないほど皺が寄っている。

「聞かれちゃマズイことでもあったか?」
「…」
「ん?」
「失礼します」
「わっ」

腕を捕まれたままだから必然的に私も強制的に退場。引っ張られたまま慌てて富松さんに頭を下げると、富松さんは笑いながら手を振ってくれた。





「…遅すぎ。書類届けるだけに何分かかってんの」
「す、すみません」

いくらか歩くペースが緩んだと思ったら、唐突にそう言われる。
そうか、あくまで仕事中なんだから私語は慎むべきだった。
今さらながら反省していると、笹山さんはこちらを一瞥して「次は気を付けてよ」とだけ言った。


「あの、なんで笹山さんも営業部に?」
「別に。通りかかっただけ」
「そうだったんですか」


ふんふんとひとりで納得していると、笹山さんが急に立ち止まった。

「ぶっ」

慣性だかなんだかの法則により、そのまま彼の背中に顔からダイブ。鼻をしたたかに打ってしまい痛さで涙が出てくる。


…うん?なんかこれ善法寺部長に駅までおんぶしてもらった時と似てる。

そういえばもうあれから一ヶ月経ったんだ。本当にあっという間だったなあ。



…じゃなくて。


「急に止まらないでくださいよ!」
「…今なにを考えてた?」
「…え?いえ、そういえば善法寺部長におんぶしてもらった時もこんなことがあったなあと思い出してただけで」
「…」
「さ、笹山さん…?」


急に黙り込んだ笹山さんを不思議に思って鼻を押さえながら見上げると、高慢な瞳で見下ろされる。



背中が、ゾクリとした。肌が泡立つような感覚。それほどまでに彼の視線は冷ややかで、慌てて視線を逸らす。


「ふぅん、いつ?」
「……え」
「だからそれはいつのことって聞いてるんだけど」
「えっと…初めて笹山さんに会った日、ですけど」
「…っ、」

ええ!舌打ちされるようなこと、言いました…?

「あの、それがなにか…」

恐る恐る顔を覗きこめば満面の笑み。でも目が笑ってない。

「なんでおんぶなんかされたわけ」
「なんでって、笹山さんのせいで腰が抜け…」
「へえ、僕のせい、って?」
「だってそれは、笹山さんが私のほっぺにキ…………な、なんでもないです」
「あれ、なにしたんだっけ?良く覚えて無いなあ」
「……い、意地悪ですよ笹山さん」
「ふっ、変な顔」
「え」
「ほら行くよ」


手を引かれてまた歩き出す。さっきよりペースは遅い。

振り返り際の笹山さんは少しだけ笑っていて、でもどこか寂しそうで。

それなのに「コイツは僕のモノ」発言はするしで、笹山さんという人間がますますわからなくなった。


とりあえず、所有物扱いはやめてもらいたいと切実に思う。




 



BACK

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -