てっきり現実だと思っていた。そう思えるくらいにはそれはなかなかに現実的で、非現実的な要素があったとしたなら喜八郎くんがやけに饒舌だったということくらい。

「その中」で私は喜八郎くんと学園の門の前で待ち合わせて、二人仲良く街へと出かけていた。




「名前先輩、起きてください」
「……ん、」

ずしりと何かが私の上に乗っかってきた重みで目を開けた。とたん、視界いっぱいに喜八郎くんが映る。へ?何で急にこんなことになってるの?と、突然のことに何が何だか分からなくて混乱していると、彼は目元をほんの少し緩めながらもちょっと拗ねたような声色で呟いた。

「やっと起きましたね」
「…は?」
「あともう少しで口付けをするところでした」
「それは危ないところでした…じゃなくて、なんですかこの状況は。喜八郎くん」

そう。口付けをするところでしたと彼が言った通り、私たちの顔はお互いの呼吸がぶつかるほど超至近距離にあった。加えて彼は仰向けに寝ている私に跨がり、両手を顔の左右に突いているではないですか。
ううん、その前に、一体私たちはいつ街から戻ってきたのだろう。確かさっきまで甘味屋さんでお団子を頬張っていて、私の口元に付いたあんこを喜八郎くんが何事もなく手で取り、あろうことかそれを舐めて「あまい」なんて言うものだから、私の顔は火が出そうなくらい真っ赤になって。それを甘味屋さんのご主人に冷やかされてまた恥ずかしくなって…、って、あれ?

「名前先輩、今日は一緒に街にいこうと約束していたじゃないですか」
「え!?」
「…ずっと待っていたんですけど、いつまで経っても来ないので来てしまいました」
「あの、あれ?」
「? どうかしましたか?」
「その…私たち、さっきまで一緒に街にいなかった?」
「寝ぼけているんですか、それとも僕じゃない違う男と一緒に行ったことを思い出してるんですか」

突然喜八郎くんの声が低くなった。

「ち、違う!喜八郎くん以外の男の子と二人でどこかに行ったりなんて、しないよ!」
「ええ、そんなことしたら相手の男を埋めてやります」

な、なんかすごい言葉が聞こえた気がするけど気のせいってことにしておく。
それよりも、なんだ、つまり、さっきのは全部……、夢ってこと?


「夢?」
「…だと思う。あのね、喜八郎くんと街に行ってる夢を見ていたの。たぶんずっと楽しみにしてて、昨日なかなか寝付けなかったからじゃないかな」

でも、その夢すごく楽しかったんだよ。恥ずかしいこともいっぱいされたけど。

そう言って笑う私とは正反対に、喜八郎くんは俯いていく。それに気付いて、ハッとした。楽しかったのは私だけで、現実では喜八郎くんはずっと待たされていたのだ。

「本当にごめんなさい、喜八郎くん」
「…僕だって、楽しみにしていたんです」
「うう…ごめん。今更だけど、これから行く?」
「…そのつもり、だったんですが」
「喜、八郎くん?」

急に彼の纏う雰囲気が変わった気がした。まるで欲に濡れたような瞳と、視線がぶつかる。

「予定変更です」
「…へ!?ちょ、ちょっと待って」
「僕は充分待ちました」
「そういう意味じゃありません!」

焦って押し返そうとする両手を逆に捕られ、顔の両脇に縫いつけられる。年下とはいっても男と女、力の差は歴然。これはいよいよ危なくなったと頭の中で警鐘が鳴り響いた。

「名前先輩の夢の中で僕が何をしたかは知りません。だってそれは「僕」じゃない」
「ぁ…」

どんどん顔が近づいて、唇と唇がぶつかるかぶつからないかというところでピタリと止まった。
…今にも心臓が爆発しそう。

「ですから―――
それ以上に恥ずかしいこと、しましょうか」
「ふ、ん…っ!」

そう言い終わるや否や、いつもの彼からは想像も出来ないほど乱暴に、唇に噛みついてきた。


強く吸う舌に、呼吸を奪われて、酸素を遮断されて。
苦しくて頭がくらくらする。

でもそれ以上に、彼の気持ちが痛いほど伝わってきて、幸せで。


夢よりもやっぱり現実の方が良いな、なんて当たり前のことを考えていたら一瞬唇を離して彼は微笑んだ。


「へえ…余裕そうだね、名前」
「え、や、違…!」

本気モードのスイッチが入ってしまった喜八郎くん(彼はこういうときは決まって私を呼び捨てにする)によって、そんな思考もすぐに溶けて何も考えられなくなってしまった。


「…夢よりも甘い現実をあげるよ」



  



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