「バンビ」
「なぁに?琉夏く…ちょっと」
「なぁに?」
「なぁに?じゃなくて、この手は何?この手は」
「気にしなくていいよ」


琉夏くんが突然ホットケーキが食べたいと言い出したから、琉夏くん達の家におじゃましていた私はキッチンに立つことになった。これが初めてのことじゃないから慣れてはいるんだけど、本当にホットケーキ大好きなんだなぁって笑いながらエプロンをして、生地を準備して。いざ焼こうと思った時には既に琉夏くんに後ろから抱きしめられていた。

「…ねぇ琉夏くん、そうされると動きづらいんだけどな」
「そうなの?ごめんね」

ごめんね、と言ったくせに、私の胸の前で交差している両腕を退かそうともしなければ全然悪びれた様子もない。はぁ、こういう人を天の邪鬼って呼ぶんだと思う。

今の琉夏くんに何を言ってもうまくはぐらかされるだろうし、きっと堂々巡り。それなら、さっき琉夏くんが「気にしなくていい」と言ったようにこの一瞬だけ琉夏くんは居ないということにしよう。難しいけどそれしかない。

私が再びホットケーキ作りに集中すれば、琉夏くんも離れてくれるだろう。

そんな私の考えは見事に外れた。


「ひぁ……っ、ちょ、琉夏く…」
「気にしなくていいって」
「む、無理だよ…!っぁ、……っ」

急にぞわっと鳥肌が立ったと思うと、耳を食まれていた。ううん、それだけじゃない。ピチャリと音を立てながら耳の中に舌をねじ込まれた。
そんな彼のイタズラに、私も"それ"っぽい声が出てしまうのは不可抗力だった。だって、琉夏くんはわたしが耳弱いってことを知っててやってるから。
極めつけとばかりにフッと耳に吐息をかけられて、本気で腰が砕けそうだった。それをなんとか耐えて、後ろをぐるんと振り返る。超至近距離にある顔にひるみそうになったけど、頑張った。

「琉夏くんがホットケーキ食べたいって、言ったんでしょう?」

なのになんで邪魔ばっかりするの。


見上げた先の琉夏くんは笑っていた。

うん、笑っていたんだけど。

そのー、目が、笑ってなかった、というか。

まぁとにかく、嫌な予感しかしなかったわけで。



「さっきまでは本当にホットケーキが食べたかったんだけど、今は違うものが食べたいみたいだ」

そう言って見下ろしてくる瞳はどこか熱っぽくて、私の心臓をどきどきさせる。

まずい。このままだと非常にまずい。



「そ、そっか。じゃあホットケーキも私も必要なくなったね。それならそろそろ帰…」
「らせないよ?」
「…りたかったなぁ!」



うぅ…やっぱりそうなるんですね。

「バンビは嫌?」

そんな悲しそうな目で私を見ないで欲しい…。イヤ、だなんて、思ったことなんかないけど。

そういう雰囲気になるたびにどこか気恥ずかしくて、素直に頷けない。いい加減慣れてもいい頃だと自分でもわかってるんだけど、やっぱりだめで。


「……じゃ…い、けど」
「ん?」
「いっいやじゃない、けど」
「そっか、なら良かった。無理強いは嫌だからさ」
「でも、ほ、ほんとに?」
「なに、バンビも案外ソノ気だったんじゃないの?さっきの声とか。俺あれでスイッチ入っちゃったんだけど」
「は…!?あ、あれは琉夏くんのせい……っわ、ちょっと、おろして!」
「はい、足バタバタしないの。ミニスカートの中、見られたいんだったら別だけど」
「…っ!」
「ん、いい子。でもどうせこれからそれ以上のことするんだか」
「る、琉夏くん!」
「あぁ、そっか。言葉攻めはベッドの上で、ね」
「そうじゃないーっ!!」
「あれ?コウ、どっか出掛けるの?」
「………ォゥ(このまま家に居られるわけねぇだろが)」
「琉夏くん!琥一くんいたの!?」
「え、いたけど?」
「うっ、うわぁぁぁあああん!」

そんなの聞いてない、聞いてないよ琉夏くん!確かにここは2人の家だから居たって全然おかしくないけど、その、誰か居るとき普通はそーいうことはしない、よね?



「ってことで、コウ、いってらっしゃい(三時間は帰って来ないでね)」
「(………)あぁ」


待って、琥一くん、それならいっそのこと行かないで欲しい…!

そんな私の願いが叶うはずもなく、琉夏くんに抱えられたまま琥一くんを見送ったと同時に、私たちはベッドに倒れ込んだ。


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