放課後。

あいつと一緒に帰るために車は呼ばなかった。あいつと出会ってから、俺の中で何かが変わったことは自覚している。ただ、認めたくはなかった。俺ばかりが振り回されているみたいで納得いかないからだ。


「聖司先輩、だったらお茶して帰りませんか?」


俺が一緒に帰らないかと誘うと、逆に誘い返してきた。別に断る理由もないから頷くと、バンビは嬉しそうに笑う。それを見て思わず俺も笑いそうになるのをなんとか堪えて、バンビの手を少し強く引いて歩きだした。






「やっぱりピアノやってる人の手って大きいんですね」


俺が安っぽいファミレスの紅茶(勿論そんなことをこいつの前では言わない。こういうところも変わったと思う)が入ったティーカップを持ち、一口飲んでああやはり安っぽい茶葉だと再確認したとき、バンビがぽつりと呟いた。

「そうか?プロのピアニストでも手の小さい人はいるし、俺だって特別大きいわけでもない」
「それでもほら、私のより全然大きいです」


そう言ってバンビは俺の手のひらに自分の手のひらを合わせてきた。柔らかくて暖かい感触が伝わる。そこに全神経を集中させると、まるで手のひらが心臓にでもなったかのようにドクドクと脈打った。

バンビの手は俺の指の第一関節にも届かないほどの小ささで、正直驚いた。
そして自分より小さなものに庇護欲が湧くというのはどうやら本当らしい。まだ合わさったままの手をぼんやりと見ながら、こいつを守ってやりたいと、そう感じたのは事実だった。

「聖司先輩?」

バンビが首を傾げて不思議そうに俺を見る。

ああ、ちょうどキスが出来そうな角度だ。



無意識にそう考えた自分に焦った。

俺は今何を考えた?
何をしようとした?

こいつと居るとどうもおかしくなる。今まで煩わしく感じていたことさえ、自分から望んでしまうのだ。触れたい、抱き締めたい、それから…。


ああ、本当にどうかしている。


なおも不思議そうに俺を見るバンビの顔が見られなくて、急いで手を引っ込めた勢いでティーカップを持つ。再び嚥下した温い紅茶の香りが、先程よりも芳しく感じたのは気のせいだと思いたい。


バンビが自分の手のひらを見つめながら「先輩の手、やっぱり男の人の手だぁ…」なんて言うものだから、表向きは平静を装っていた俺は内心気が気じゃなかった。それを言うならお前だって、その、女の手じゃないか。


ああもうやっぱり俺だけ振り回されるのは悔しいから、今度何か仕返ししてやろう。絶対にだ。

そう心に決めて、飲み干して空になったティーカップをドンとテーブルに置いた。


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