連鎖反応のゆくえ




「ああ、名前じゃないか」
「…げ」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、あの、ごきげんいかがでしょうか仙蔵せんぱい」
「ふ、相変わらずだな」

顎に手を添えて妖しく笑うその美顔に、一体どれだけのくのたまが恋情と憧れを抱いているのだろう。うーん、見慣れた私にとっては悪魔の微笑みにしか見えないのだけれど。

「あの、用事がないなら失礼しま…」
「まあ待て、そう急ぐこともないだろうに」

急いで横を通り過ぎようとしたら襟元をつかまれて、それ以上前に進めなくなった。喉元が締まって苦しい。

「仙蔵せんぱ…ぅく、苦し…」
「少しばかり付き合ってもらうぞ」
「え、どこに…っていうか、もう離してくださ」
「却下」
「(…うわーん!)」

ささやかな反抗を試みたけれど仙蔵先輩の力に敵うはずもなく。
そのまま廊下をずるずると引きずられてたどり着いたのは作法委員会が使っている部屋だった。

「適当に座れ。ああ、茶でも飲むか?」
「…けほっ、あの、遠慮し」
「そうかそうか、私が淹れる茶は不味くて飲めぬ、と」
「喜んで頂きますであります」

最初から選択肢など用意していないくせに、この人はいちいち問うてくる。それも反応を見るのが楽しいからだとか。根っからのドS、まさしく仙蔵さまである。綾部くんがSなのはこの御方の影響だと言ってもきっと過言ではない。

ことりと目の前に湯呑みが置かれ、ほわほわと湯気が昇り立つ。馨しい匂いが鼻腔をくすぐるけども、なんとなく手を伸ばせずにいたら「毒も何もいれてやしないから安心しろ」と笑われた。

「それは当たり前です!」
「名前などに毒を盛っても意味がないからな。むしろ毒が勿体ない」

…衝撃の事実。
私って毒以下だったんだ。
あまりに私が悲壮感漂う表情でもしていたのだろう、仙蔵先輩は一拍置いて噴出した。

「…ふっ、冗談だよ」
「……先輩の冗談は冗談に聞こえないんです」

唇を尖らせて湯呑を手にすればじんわりと冷えた掌に熱が伝わった。

先輩が湯呑に口を付けたのを見て私も小さくすする。それにまた笑ってから先輩は恭しく話し始めた。

「それで、話というのは実は綾部の」
「…!ぅぇ、熱…っ」
「ことなんだが…、大丈夫か?」

突然彼の名前が出てきたのに動揺して舌を火傷してしまった。ひりひりと疼くような痛みに顔をしかめると先輩は呆れたような顔をしてこちらを見る。

「だいじょうぶ、です…!」
「…まあいい、続けるぞ。単刀直入に聞くが、お前は綾部のことをどう思っている?」
「ええ!?ど、どどどどどうって…」
「奴の気持ちは皆、以前から知っていた。それならばお前はどう思っているのかと、ふと気になってな」
「…」

綾部くんの、気持ち。
分かってるよ、嫌い、でしょう。
そっか、周りの皆は綾部くんが私を嫌っているということに前から気づいていたんだ。

「?、どうした」
「私が綾部くんのことをどう思っていても、いまさら関係ない、ですよね」
「…ふむ、何故そう思う?」
「…っ、だって、綾部くん、は」
「名前」
「私のこと…、きら」
「待て」
「…え?」

ヒュン!!!

しんみりと話していた私は突然言葉を遮られた。それから一瞬のうちに少し離れて対面に座っていた私と仙蔵先輩の間めがけて庭先から何かが飛んできたのだ。何か、とは、速すぎて残像しか見えなかったというか、その風圧で髪がぶわっと巻きあがって初めて目の前を何かが横切ったのだとわかったからであって、一体何が飛んできたのか分からなかったからである。

「な、に…」
「…少しはその殺気を押さえたらどうだ?」

目の前の仙蔵先輩は何事もなかったかのように目を閉じてお茶をすすっている。若干面白そうに歪んだ口元がちょっとこわい。

「それにその鋤はお前にとって大事なものだったはずだろう。…なあ、綾部」
「…え?」

聞こえた名前にまた心臓が跳ねた。瞬く間に心拍数が上がって手が震えてくる。どうしよう、どうしようどうしよう。


恐る恐る視線をずらせば、庭に立ってこちらを見ているのは確かに綾部くんその人だった。






▽長いので一区切り。




 



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