二律背反




「きらい、だから」
私はいったい何を期待していたんだろう。
わからないけど、たしかに私は期待していた。

「嫌い」

嫌いと言われた。
誰にって、綾部くんに。

そしてそれに少なからず傷心している自分に驚いた。別に、そんなのずっと前からわかってたことで。やっぱりそうだったんだって、笑い飛ばせれば良かったのになんでそれができないんだろう。面と向かって言われたから?

「僕は名前が嫌い」

さっきから綾部くんの声が頭からこびりついて離れない。
わかってる。
わかってるもん。
…わかってるのに。

カラリと開けたお風呂場の戸の先は、もくもくと白い湯気で霞んでいた。


「………」
「あ、やっと来た…って、なに。どうしたの?ため息なんか吐いて」
「……うん」
「またなにか悩み事?この凛さまにどーんと話してみなさい」
「…っ、凛ちゃあああん!」
「ちょ、ほんとどうしたのよ」


困惑する凛ちゃんに飛び付いて訳もわからず泣いた。そのあいだずっと頭を撫でてくれて、私が落ち着いた頃を見計らって「それで、どうしたの?」と優しく聞かれた。

「わたし、凛ちゃんが男の子だったら、絶対好きになってる」
「それは…喜んでいいのかな…うん…。まあいいや、あんたはアイツが好きなんだもんね」
「、は?」
「え?違うの?」

ちょっと待って、びっくりし過ぎて涙も引っ込んでしまった。私に好きな人?そんな人、いたっけ。

「てっきり好きなんだと思ってたけど。私の勘違いだった?」
「あ、あの、誰のこと…?」
「綾部」
「え…」
「だから綾部」


ちくり、ちくり、彼の名前を聞く度に心臓に痛みが走った。なんだろうこれ、苦しい。病気かな。

「アイツに苛められ始めた頃だから…三ヶ月くらい前、かな?その頃に比べて今はあまり文句言わなくなったじゃない。それにアイツのことわざとらしく避けたり目で追ったりし始めてさ。完全に意識してるって感じだったから」


とりあえず寒いから湯に浸かろう、と言われ背中を押されたけれど、私の足は動かなかった。

「名前?」
「……ったの、」
「え?」
「私、綾部くんのこと、好きだったの?」
「そんなのこっちが聞きたいわ」


自分の気持ちなんて自分にしかわからないんだから。そんな当たり前のことを言われても、私は私の気持ちがわからなかった。
ただ、苦しくて、悲しくて。

私は凛ちゃんに綾部くんに嫌いと言われたこと、心臓が苦しいから何かの病気なんじゃないかということをすべて話した。


「決まりね」
「や、やっぱり病気なのかな」
「もう、あんたってほんと…」


はあああ。と長いため息を吐かれたうえに呆れたような目でちらっと見られた。見放さないで凛ちゃん、わたし、凛ちゃんがいなくなったら…!

「はいはいわかったわかった、…だからそれが恋なの」
「こ、い」
「そう、恋。心臓痛いのも苦しいのも病気じゃなくて恋のせい。…この場合は綾部のせい?になるけど。嫌いって言われて悲しかったんでしょ?アイツのことが好きだから」
「…」


その通り、なのかもしれなかった。いつの間にか近くにいるのが当たり前のようになって、いつの間にか日記にも毎日登場するようになって、いつの間にか彼の意味不明な言動を理解したいと思っていた。

それにしても友達に言われるまで気づかない私って阿呆すぎる。

けれど、もうわかった。
綾部くんが好き。



私がそう自覚したのは、皮肉にも彼に嫌いと言われた夜のことだった。





「…あのドS野郎のどこがいいんだが」
「?、何か言った?」
「なんでもなーい。ほら入ろ入ろ」
「う、わわ、押さないでよ凛ちゃん!」
「あはは!」


 



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