すきときらいは紙一重




「おい、喜八郎」

賑やかな朝の食堂。いつも通りの四人でいつも通り朝飯を食べていると僕の目の前に座る滝夜叉丸がコソリと話しかけてきた。

「何?」
「今日も穴に落としたのか」
「穴じゃなくて蛸壺」
「そんなこと今はどうでもいい!今日も苗字を穴に嵌めたのかと聞いているのだ!」
「…滝、うるさい」

眉をしかめたら聞こえてきたため息。なんで滝がため息吐くの。意味がわからない。

「あのな、喜八郎。お前が苗字のことを好きで好きで苛めたいという気持ちはわからなくもない。だが限度というものがある。ましてや苗字は女だ。あんなに怪我をさせてどうする」

そして滝が言ったことはもっと意味がわからなくて首を傾げたら滝は目を見開いて僕を見た。なんでもいいけど食べながら話さないで欲しい。

「お、お前、まさか自覚ないのか…?」
「何が」
「何がって、苗字のことが好きなのでは」
「…好きって何?どういうこと?」

あ、今度はガクッと頭を下げた。滝は見ていて面白い。蛸壺を掘るのと同じくらい面白い。

「タカ丸さん!何か言ってやって下さいよ!」
「ええ!僕が〜?」
「そうだ、タカ丸さんだったらそういう経験も豊富そうだしな!」
「三木エ門くんまで〜」

二人に囲まれて苦笑しながらもうーん、そうだなあと少し考えた後、斜め前に居るタカ丸さんは僕の方を向いてこほんと咳をした。

「綾部くん、誰かを好きになるっていうことはねえ、なんていうか…この人のことをもっと知りたい、もっと一緒に居たいって思ったり、つい気になっちゃったりとか。とにかくその人のことばっかり考えてしまうことなんだ」
「…」
「綾部くんは名前ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「わからない」
「うん」
「……わからないけど」
「うん」
「僕は名前を名前で呼んでるのに、名前は僕を苗字で呼ぶのが嫌だ」
「うん」
「僕以外の誰かと話してるのを見るとイライラする」
「ふふ、うん」
「だから名前が蛸壺に落ちるのを見るのは楽しい」
「うーん、それはまあ…」
「…だから僕は名前がきらい」
「え?」
「ごちそうさま」
「あ、綾部くん!?」

トレーに乗った空っぽのお皿を返して、足早に食堂を出た。名前のことを考えたら変な気分になった。もやもやする。

「…何これ」

こんな気持ち、僕は知らない。





「ああ〜完全に勘違いしちゃってるよ綾部くん」
「あの馬鹿、あんなに苗字のこと気になってるくせに何がどうなって嫌いって発想に行きつくんだ」

「…しょうがないのかもしれないな、もしかするとあ奴の世界には"好き"という概念が無いのかもしれん」


喜八郎は突然新しい感情が芽生えたことで動揺しているんだろう。きっと今までは無意識に行動していたのだ。
…周りからしてみればそれは恋情以外のなにものにも見えなかったが、喜八郎はその感情を嫌悪と名付けた。嫌いな奴にわざわざ近づくのかお前は、この阿呆。


これはまた、面倒なことになりそうだ。





▽前のお話と同じ日の出来事。保健室直後。保健室から食堂まで二人でてくてく来ましたがきっと終始無言だったことでしょう(笑)



 



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