誤解は誤解を呼ぶ




わたし、綾部くんに嫌われてるのかなあ。

ぽそり呟けば同室のくのたまの友達がはあ?とあきれたような声を出した。

「あんた、何言ってんの。どっか頭ぶつけた?」
「ひどいな凜ちゃん。そんなヘマしませんよーだ」
「ああそうですか、じゃあ寝ぼけて井戸に落ちそうになったのはどこのどなただったのかしら」
「う…」

何も言い返せなかった。

「それよりさ、本気で思ってるの?あの穴掘り小僧に嫌われてるって?」
「だってそうとしか考えられないんだもん。なんか会うたびに意地悪されるし、穴に落ちても助けてくれないし」

眉尻を下げると凜ちゃんはああ…と少し苦笑気味にうなずいた。

「確かにね、傍から見たらものすごいわかりやすいんだけど。本人達にしてみたら無意識というか鈍いというか、まあとにかく気付きにくいのかもね」

あまり言っている意味が分からなくて首をかしげると、とにかく頑張りなさいと何故か応援された。ええ、そんなこと言われても。何を頑張ればいいんだろう。綾部くんに嫌われる理由を考えてみたんだけど、どうしても思いつかない。知らないうちに何かしてしまったのだろうか。それって一番こわいなぁ。

「ってことで、しばらく綾部くんと接触しないようにしようと思います」
「ふーん。…逆効果にならなきゃいいけど」
「逆?」
「ううん、なんでもない。まあ頑張ってみなさいよ」
「うん!とりあえずタコ壺には落ちないようにしないとね」

それが一番いい、とわたしは思った。綾部くんと会わなければ綾部くんも嫌な思いしなくて済むし、わたしも意地悪されずに済む。ああなんてすばらしい作戦なんだろう。お互いに利益のある良策を思いついて勝手に満足していたわたしは、凜ちゃんの危惧がまさか本当になるなんて考えもしていなかった。








何がどうしてこうなっているのか。現状を説明するには少しだけ時間を巻き戻さなければならない。
夕方。るんるんとわたしは鼻歌をうたいながら食堂へと向かっていた。たぶん今夜のメニューはなんだろうとかそんなことを考えていたんだと思う。とにかくわたしは気を抜いていた。だから人の気配をよむことができずに曲がり角で誰かと正面からぶつかってしまったのだ。

「っわ、ごめんなさい、ちゃんと前を見てなか……」

ぶつけたおでこをさすりながら目を開くと、飛び込んできた紫色。所々が土で汚れた制服に、まさかと冷や汗が流れた。

「……」

そのまさかだった。相変わらずの無表情。肩に相棒の踏子ちゃんを担いだ綾部くんは、きっと思う存分穴を掘ってきた帰りだったのだろう。……う、なんか顔を直視できない。

「あ…、ごめんね。それじゃあ」

綾部くんを避け始めてから三日が経っていた。何か言われる前に立ち去ろう。綾部くんもわたしと一緒に居たくないだろうし。彼に配慮してのことだったのだけど、どうやらその選択はまちがっていたようだった。ぱしりと掴まれた手首は自由を奪われ、同時にわたしの足も止まる。え、なんか背中越しにすごい視線を感じる。ねえこれ振り向かない方がいいんじゃないかな?

「名前」
「はぃぃぃっ!」

不機嫌そうな声で紡がれたのはまさしくわたしの名前で。反射的に返事をすれば強い力で手首を引っ張られた。

「ちょ、綾部くん、いたっ痛い!」
「…名前のくせに生意気」
「ど、どーいう意味ですか…!」
「そのままの意味だけど」

もう言われてる意味もわからないし手首は痛いしお腹はすいたしで本当に泣きそうだ。


「名前がその気なら僕にだって考えがあるよ」

にこりと綺麗に笑った綾部くんには嫌な予感しかしなかった。この顔をさせたらまずいと危険信号が灯る。

「覚悟しておいた方がいい」

そう耳元で囁かれ、何がなんだか状態のわたしは「うんうん覚悟ねわかった!」とわかってもいないのに返事をして(だって勝手に口が動いたんだもん)彼の手を振り切ると足早に立ち去った。

そんなわたしの背中を、彼が見つめていたとも知らず。
何事もなかったかのように食堂に入った私を一目見た凜ちゃんが何かあったでしょ、と問い詰めてくるものだから安心して食事をすることも出来ず、完食するのにいつもの倍の時間がかかってしまった。





 



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