だいせいこう




今日も今日とて、晴天だった。
地下から見上げる丸い空は清々しいほど青くて、少しずつ動く雲を見つめながら私は今日も呟く。
平和だ、幸せだなあ。

……自分で言っていて虚しくなるからやめよう。今の私の状況を見て幸せだと感じる人は果たしているんだろうか。
もしいるのならそれは絶対に、その、
ちょっと危ない性癖の持ち主(小声)だと思う。

「あーあ。またか」

汚れているはずの頬を擦りながら、ため息を吐いた。もう慣れたものだからいちいち言うのもアレだけれど、何が嬉しくてこんなに朝早くから落とし穴の中にいなければならないんだろう。
しかもかなり深くて私一人では出られそうにもない。
ああ、お腹すいた。絶対にそろそろ朝ご飯の時間な気がする。

朝一番から余計な体力を使いたくなくて、その場で三角座りをした私は、“偶然”誰かが気付いてくれるのを気長に待とうとした。

その時。


「だーいせいこう」
「綾部くん!」

鉄鋤を肩に担いだまましゃがんで覗き込んでくるのは他の誰でもない、この蛸壺制作者の綾部喜八郎くんだった。お馴染みの何を考えているのか分からない表情の彼は、けれどどことなく笑っているようにも見えた。

「おやまあ、誰かと思えば名前じゃないか。僕に何か用でもあるの?」
「え?何か用って、なんで?」

こてんと右に首を傾げると綾部くんも右に…彼からすれば左に、同じように首を傾げた。

「だって毎朝こうやって蛸壺に落ちるのは、毎朝僕に会いたいから、じゃないの?」

お互い首を傾げ合っている様がなんだか可笑しいなあ、なんて第三者的な目で見ていたのだけれど。綾部くんの言葉にハッと我に帰った。何だ、その誤解の仕方は…!

「そ、そんなわけないでしょ!私だって落ちたくて落ちてるんじゃないんだから!」
「おや、そうだったの。…なんだ」

必死に弁解すれば綾部くんはほんのちょっと目を見開いてから、なんだかつまらなそうな顔をした、気がする(だってほぼ無表情だからなんとなくでしかわからない)。それよりいい機会だから今日こそは「誰のせいで私はこんな目に合っているのか」ちゃんと分かってもらおう。

「綾部くん、あのね、蛸壺を掘るのが好きだってのはよーーく分かったんだけど、競合区域以外の場所に掘るのはやめてほしいな」

そう、毎日私が穴に落ちるのには訳がある。私だってくさってもくのたま、失敗すれば学習する。危ないと分かっている区域を通らずに、遠回りでも安全なところを歩いた方が早いということはこの四年間でしっかり身体に教え込まれた。なのに落ちるのは、目の前の彼がどこというのも決めずに好き勝手穴を掘りまくるからであって。でも。

「……やだ」

綾部くんは少し沈黙した後に真顔で拒否の言葉を口にした。ああ、そうですか。そうでしょうとも。いままで私が何度同じことを言っただろう。それに対して返ってくる言葉もまた同じこと。

「…ねえそれより、出ないの?」
「ううん、この深さだと一人じゃあ出られなくて」
「そう」

そう、と呟いた後も微動だにしない綾部くんに疑問の視線を向ければ、彼は今度は誰が見ても分かるほどの笑顔で、こう言った。

「じゃあずっと入っていなよ」



…さすがドS委員会、爽やかな表情と吐き出した言葉が噛み合ってないんですよね…!だから綾部くんは怖いんだ。

その後、なぜか綾部くんの気が済むまで話し相手をさせられた挙句、ようやく出してもらえた頃には食堂が閉まる直前で、朝ご飯を食べ損ねそうになったことは言うまでもない。









 



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