恋愛感情ではなく、父性です




「…いつまで隠れているつもりだ、仙蔵」
「――さすがにばれていたか」

文次郎がふと長屋の屋根に目を向けてそう呟くと、そこからひょこりと顔を出した仙蔵は音もなくふわりと着地した。

文次郎は突然目の前に現れた色白の男に驚くわけでもなく、むしろ不機嫌な感情を隠そうともしないで吐き捨てる。

「あんな大声で吹き出しておいて、今更何を抜かしおるか。アイツが気付かん方がおかしいんだ」
「くっ、…いや、まさかお前のことを文太郎と呼ぶ奴がいるとは露ほども思っていなくてね。ふいうちを喰らってしまった」

手の甲で口元を押さえながら笑う仙蔵に、文次郎はさらに眉間の皺を深くする。


「そんなこたぁどうでもいい。…ったく、この前の事と言い、お前は一体何がしたいんだ」

この前、というのは、きっと名前を作法室まで拉致した時のことを言っているのだろう。

「何と言われても…私はただ可愛い後輩の恋の行く末を暖かい目で見守ろうと…」
「待て、待て。今背中を何かが這いずり回るような悪寒がしたぞ」
「ふっ、気のせいだ。気にするな」
「……」

にやり、と口角を上げて笑う仙蔵に、文次郎はひとつため息を吐いただけで、それ以上の追及は諦めた。
…勿論、我が身可愛さからである。


急に黙ってしまった堅物の友に少し笑ってから、仙蔵は「それにしても、」と話を続けた。


「意外だったな。お前が愛だの恋だのと聞いて、煩く喚き散らさなかったのは」

てっきり、忍者の三禁がどうの、そんなことに悩む暇があるなら鍛練を積めだの、何かしら説教が始まると思っていたのだが。
意外にも、名前に放った言葉はまともだった。文次にしては。

「ふっ、自分の気持ちに素直に――ね。頭まで撫でて、お前らまるで父親と娘みたいだな」
「…うるせぇ」
「そう睨むな。別に文次が老けていると言っているわけではない」


瞳を伏せたまま笑った仙蔵に、文次郎はガシガシと頭を掻いた。


「…ついさっきまでお前がアイツらに何をしたいのか全く分からなかったが、今なら少しは分かる気がするな」
「…ほう?」

ニヤリと笑った仙蔵と視線が合うと、腕を組んだ文次郎もフッと笑った。


「ま、冷やかし位はしてやるか」
「お前にしては珍しいな、文次」
「うるせぇ」


長屋への帰り道。
二人のささやかな声が、闇に溶けた。



一方その頃。
先輩2人がそんな話をしているなんて全く知らない名前は、たどり着いた部屋にそっと身体を滑り込ませると、隣で寝息を立てる凜を気にしながら物音を立てずに自分の布団にもぐりこむ。

そして暫くの間、何かを心に決めたように掌を握ると。
ゆっくり、ゆっくりと瞼を閉じた。







■□■
うちの文次は基本やさしい






 



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