屋上から中庭を見下ろすと、そこにはいつもはない短冊のかけられた笹の葉が存在していた。その周りには結構な数のNPCが集まっている。
「ゆりっぺの作戦大成功だね。多分天使来るよ」
隣で一緒にそれを眺めていた藤巻くんに話しかける。
「みてぇだな」
藤巻くんは欠伸をしながらそう言った。
「そうね…七夕よ。校内の目立つ所に短冊と笹の葉を置いておくの。短冊の横にはご自由にどうぞ、とか書いてね。NPCはミーハーだから絶対食いついてくるわ。それを見て天使は私たちを注意しにくるという寸法よ。これでいきましょう!男共は笹の葉調達しに行ってきて。私たちは短冊作ってるから!」
心なしか楽しそうなゆりっぺに反論しようが突っ込もうが、それにはなんの意味もなかった。
ゆりっぺから「叶えられそうな願いは書かないでね。叶って消えちゃったら笑えないから」と笑いながら渡された短冊を見つめる。まだ僕は願い事を書いていない。ないわけではなく、まだ書いていないだけだ。
「俺達って邪魔してるよな」
「え?」
隣を向くと藤巻くんは長ドスで肩を叩きながらNPCの集団を眺めていた。
「邪魔ってどういうこと?」
「一年に一日しか会えねぇのに願い事叶えて、なんてよ」
「…まあそう言われてみたら」
一年に一日しか会えないのなら、人の願いをよりもっと目の前のものを見るべきだと思う。
「人の願いなんて気にしてる場合じゃねぇだろ。なあ?」
「え…?う、うん」
僕の方を見て言うものだから僕は藤巻くんの目を見てられなくなって、手元の短冊に視線を移す。端が歪んでいて、なんとなくゆりっぺが作ったんだろうと思う。
「お前短冊持ってんのか」
「うわっ」
僕の手元を覗き込んだ藤巻くんが思ったより近くて、僕は思いっきり顔を逸らしてしまった。
「なんだよ」
「ごめん、」
僕は短冊を握りしめて俯く。近くにいる藤巻くんに僕はこんなにもドキドキして、普通に振る舞えなくなっている。
「藤巻くんがそんなこと言うから願い事書けないよ」
俯いて目を瞑っていても、藤巻くんが近くにいるのがわかる。藤巻くんの体温を感じる。藤巻くんにドキドキしているのを気づかれないようにしても、顔が熱くなっていくのは止められない。
「俺の言うことなんて気にすんなよ」
僕は俯いたまま何も言えなかった。藤巻くんの体温が消えるのを感じて、顔を上げる。藤巻くんは手すりにもたれ掛かって中庭を見つめていた。その横顔を見ていると、胸が締め付けられる。好きです、と唇は動いた。声は出なかった。
いつの間にか藤巻くんのことをかっこいいと思うようになって、藤巻くんを目の前にするとドキドキするようになって、女の子と親しげに話していると胸が苦しくなって、横顔を見るだけで胸が締め付けられるようになった。そうやって、いつの間にか好きになっていた。
短冊に書いても願い事はだれかが叶えてくれるようなものじゃない。でも、その願いに向かって背中は押してくれるもの。出なかった声を出してくれるもの。しわくちゃになった何も書かれていない短冊では背中を押すことはできなかった。わかってるんだ。願いを叶えられるのは自分自身だってことは。少し、あの二人の力を借りて願いを叶えようとしただけだ。短冊に願いを書いてなかった僕には、少しだけ勇気が足りなかった。