「あ!藤巻くん!」
合言葉を呟いてから校長室に入ると、中にいたのは大山だけだった。大山は俺を見つけると笑顔になる。俺だけにって訳じゃないのが残念だ。俺はいつものように大山を抱き締めにいく。二人だけの時は正面から。
「藤巻くん…誰かくるかもしれないし」
「今いねーだろ」
別に来たっていいじゃねーか、と小さく呟いたら大山は小さくため息をついた。そういう細かい所にいちいち俺は傷ついているのを大山は知らないだろう。大山は最初こそ抵抗していたが諦めたのか大人しくなった。しかしなにか違和感を感じる。これは、
「おい、」
「どうしたの?」
「お前じゃねぇ匂いがするんだよ」
大山じゃない違う匂いがした。いつもと違って不快だ。
「匂いって…犬みたいだね」
「うるせぇ」
「日向くんかなぁ」
大山がポツリと言った言葉を俺は聞き逃さなかった。
「日向ぁ?」
あいつは要注意人物だった。大山と同室であり、下手したら俺より大山と一緒にいるかもしれない。
「お前日向と何かあったのかよ」
「別に何もないよ。ただ少し抱きつかれただけで」
抱きつかれたって…。笑顔になるのは構わない。でも抱きしめたり、そういうことができるのは俺だけだと思っていた。いや俺がそうであってほしかっただけなのか。
「あいつ…どういうつもりだ」
「藤巻くん、痛いよ」
いつの間にか大山の背に回していた手に力がこもっていた。大山に言われるまで気づかなかった。
「だってよ、お前もなんでそんなことさせてんだよ」
「なんでといわれても困るんだけど…」
声に苛立ちが混じっているのが自分でもわかる。でもそれを隠すのは俺には出来なかった。
「なんでそんなに怒ってるの?」
大山は不安そうな顔を俺に向けていた。俺はそんな顔をさせたいんじゃない。でも謝るのは嫌で、目を逸らし大山の肩に額を当てる。俺は大山を束縛できるほど大山に近くないってことを思い知らされた。抱き締めるのは自分だけなんてとんだ自惚れだったってことだ。大山の言葉は思ったより俺の心に突き刺さっている。なんで怒るのかなんて聞くなよ。怒ってもいいじゃねーか。妬いてんだよ。それくらいわかれよ。
俺の匂いしかしなくなるまで抱き締めてていいかとは聞けねぇなと思いつつも、大山が本気で嫌がるまでずっと離すつもりはなかった。