かっこいい人であること。男ならばそうあるべきだと僕は思っている。男ならかっこいいと言われたい。それは一番の、とはいかないけど男の望み。僕ならかっこいいなんて本気で言われたら好きになってしまうかもしれないくらいには嬉しい。なのに僕は一度も言われたことがなかった。SSSのメンバーはともかくNPCにも。褒められるのはいつもかわいいかわいいって。大体かわいいってなんだ。男にかわいいなんて、それは全然褒めてない。どうすれはかっこいいと言われるのか?分析した結果まず一人称を俺にしてみることから始めようかと思う。気恥ずかしいのは最初だけだ。まず藤巻君との会話で試してみる。
「藤巻くん」
「なんだ」
「俺は、」
藤巻くんは固まった。ナチュラルを心がけてみたけどやっぱり気づかれてしまったようだ。藤巻くんは怪訝そうに顔をしかめる。藤巻くんの変化に言葉を止めてしまったのは失敗だった。
「なんだお前。俺ってなんだ」
別にいいじゃないか。一人称を変えるなんて大したことじゃない。変えたことを言われるのは結構恥ずかしいことなんだ。いきなり僕の心を折らないで欲しい。
「僕をやめようと思って」
「なんでまた」
「…僕はあんまりかっこよくないから」
なんだか恥ずかしい。言ってしまってからなんだけど別に言う必要はなかったような気がする。
「あのさ、かっこいいかな」
「…かっこいい、かっこいいぜ!」
なんだか馬鹿にされているような感じは否めない。藤巻君は笑いたいのをこらえているつもりなんだろうけど、全然こらえきれていない。バレバレだ。心の中で悪態をつく。いつかかっこいいと本気で言わせてやる。藤巻くんには僕の気持ちは一生わからないんだろう。
一人称を僕にから俺に変えようとするのには慣れてきた。椎名さんたちには何故か残念そうな顔をされたけど僕はくじけなかった。そろそろ次の段階に入ろうか。次は語尾にぜをつけてみようかと思う。
「なあ、大山」
「なんだぜ?」
「…ぜ?」
今度は語尾かよ…と藤巻くんは言う。やっぱり自然に、とはいかないみたいだ。
「なんかぎこちねぇぞ」
「ただ慣れてないだけだぜ」
「なりきれてねぇ…」
「そんなことないよ!…じゃなかったぜ!」
それからもいろいろ自分がかっこいいと思うことを続けていたけど、正直疲れていた。思わずはあ、とため息をついてしまう。そんな僕を見ていた藤巻くんは楽しいか?と聞いた。楽しいかと聞かれるとそんなわけない。途中からは意地になっていた気がする。
「なんか自分を偽ってる感じがし始めてるよ」
「じゃあ止めろよ」
「うん…」
僕は力無く頷く。結局全部空回りだったみたいだ。
「お前これからかわいいって言ったら怒るか?」
「ううん。もういいかなって」
藤巻くんも僕にかわいいって言うんだった。最近言わないでくれたのは気遣いだったんだろう。
「お前、俺の真似してたんだろ?」
「えっ」
急にそんなことを言われて顔を上げると藤巻君はニヤニヤして僕を見ていた。正直なところそれは図星だった。俺と言い始めたのも、ぜを語尾に付けようとしたのも、ネクタイを外して前を開けようとしたのも、全部藤巻くんの真似だった。
「そ…そんなことないよ!そんなんじゃなくて、」
なんとか言い返してやろうと必死に考えていたから、藤巻くんが近づいていることに気づかなかった。藤巻くんは抱き締めてもいいか、と小さく呟いただけで僕の返事を聞くつもりなんかないんだろうといつも思う。
「ずっとかわいいと思って見てたよ」
その言葉には悔しいけど言い返せないなと、僕はぼんやりと藤巻くんの腕のSSSの刺繍を見つめていた。
「…僕抱き締めてもいいなんて言ってないよ」
「嫌だとは言わねぇだろ」
僕はこういう時に自然にこういうことをできるのも全部憎らしいくらいかっこいいと思ってる。自意識過剰だ、という言葉をやっと思いついたけど必要ないみたいだ。かわいいのが一番だって、藤巻くんがそう呟いたのが聞こえた。