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王子様を拾ったよ

この世界でゆりっぺを中心とした戦線を結成して、それからは慌ただしい毎日だった。僕がこの世界に来てから普通に生活をしていた時とは比べものにならないくらい。
あれから何日、何年たったのだろうか。正直言って、僕らは暇だった。NPCが授業を受けている間は校長室にいたり、学校内を散策していたり、それぞれ好きなことをしたり。
ゆりっぺが何か提案をしない限り、僕達はやることはなかった。そう思うと天使の存在は有り難いものかもしれない。目的になってくれるんだから。
最近はこの世界に新しく入ってくる人もいない。それはいいことなんだろう。






授業を受けていない僕たちがそう言うのはおこがましいかもしれないけど放課後。放課後といっても、部活をするNPCもまばらになっている時間帯。僕が校舎内をブラブラしていてもあまりNPCには会わなかった。
校長室に戻ろうかと考えながら、ふと前を見た。地べたに座り込んでいる人がいるのに気付く。ぼんやりとした光しかなく、はっきりとはよく見えない。でも黒い制服を着ている。NPCの男子生徒の制服だろうか。今まで全く気付かなかった。今さっきそこに現れたように、その人はそこにいた。
新しくこの世界に来た人かもしれない。それならば、僕にはしなければならないことがある。
僕はゆっくりと足を進める。気が乗らない。知らない人に話しかけるのは苦手だった。
その人は、緩慢な動きで辺りを見回している。ちょうど起きたばかりで寝ぼけているといった風に。

「あの…」

こちらを向く。目つきが怖い。足が止まり、それから続けるはずだった言葉が出てこなくなる。

「誰だてめぇは」

睨まれた。ガラが悪すぎる。今すぐにでも逃げ出したい。近くに日向くんとかいないかなあ。そんな希望を持って一応辺りを見回す。やはりいるはずもなく、目の前の人に視線を戻す。改めて目を合わせると怖い。僕は斜め下に視線を落とす。
逃げる訳にはいかない。新しくこの世界に来た人がいたら、天使に見つかる前に校長室に連れてこいとゆりっぺから言われていた。破ったら死より恐ろしい制裁が待っている。どちらを取るかなんて明白だった。

「大山、です」

思わず敬語になってしまう。

「どこだよ。ここは」

自分で聞いたくせにあまり僕の名前には興味がないようだ。
でもどこだ、と聞くと言うことは新しくこの世界に来た人だということだ。

「説明してたら長くなるから…一緒に来て下さい」

この人の威圧感に耐えながら、この世界のことから戦線のことまで説明するのは僕には荷が重すぎる。とりあえず校長室に連れて行って、あとはゆりっぺに任せよう。
僕は座り込んでいるその人に手を差し伸べた。

「?」

その人は僕の手をジッと見つめていた。
僕は最初、何故この人が僕の手を取ってくれないのかわからなかった。しばしの沈黙の後、僕ははたと気付いた。今さっき会ったばかりの男の人に手を差し伸べるなんて、嫌に思われたかもしれない。ましてや、男の僕に。しかも見たところ僕より体格はいい。
急に恥ずかしくなって、慌てて手を引こうとした。でもそれより早く手を掴まれた。

「うわっ」

驚いて、思わずそんな声を出してしまう。

「お前から手出してきたんだろ」
「ご…ごめん」

さらに睨まれた。
そう言うんなら初めから手を掴んで欲しかった。
その人が立ち上がると、僕よりかなり背が高かった。それがさらに威圧感を増している。僕は手を離してから、一歩下がる。第一印象は良くない。むしろ悪いくらいだ。

「じゃあ…」

校長室に、と言おうとして、僕はその人が僕の話を聞いていないことに気付いた。ジッと運動場の方を見ている。
視線の先に目を移す。運動場から続く階段だった。そこには、階段を登ってくる銀髪の小柄な女の子がいた。見紛うはずがない、天使だ。

「そんな…天使…」
「天使?」
「ええと、僕たちの敵というかなんというか…」

天使は僕らのことをまだ見つけてはいないようだった。この人を迎えに来たんだろう。見つかるのは時間の問題だった。

「天使っていいもんじゃねーのか」
「いやそれが…とにかく逃げないと」

説明していたら見つかる。でもこの人は信じてくれるだろうか。この全くわからない世界で、初めて会ったこの僕を。最初に天使に会っていたら、天使の側につく人だっているだろう。僕は今なぜ逃げるのか、という理由をこの人に今わかってもらえない。
言葉が出てこなかった。僕は口下手だし、ゆりっぺのような勢いもない。この人を無理やり引っ張っていくことなんて出来そうにない。
そんなことを考えているうちに天使は階段を登ってくる。ゆっくりだけど確実に近付いてきている。
こういう時、どうすればいいんだろう。ゆりっぺならどうしろと言うか、日向くんならどうするか。
突然、腕を掴まれた。それに驚いているうちに、僕は天使とは反対方向に走っていた。

「えぇっ」
「逃げねーといけないんだろ」

僕のことを信じてくれて、しかも僕を連れて逃げてくれているらしい。僕より歩幅が大きくてついて行くのが少し大変だった。
ありがとう、と僕の先を行く背中に呟いた。でも聞こえていないみたいだった。






天使のいた所からは、もう十分離れていた。僕たちは校長室とは反対方向に向かっている。もう大丈夫だと呼びかけようとして、僕はこの人の名前を知らないことに気付いた。でもいいかな。これから名前を聞く機会なんて沢山ある。その時にありがとうも言おう。
僕は、僕の腕を掴む手を引いた。その人はゆっくりと走るのを止めて振り返る。
見た目より悪い人じゃないのかな、なんて思い始めていた。




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