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日向サイド

「馬鹿共!お目覚め?―――」

聞き慣れた声を目覚ましがわりに目を開けた。といっても睡眠なんて生易しいものからの目覚めなんかじゃないけどな。
人を落としておいて、馬鹿共なんて言ってくれるものだ。もう少しきれいな言葉を選べないもんかね。
俺は体をゆっくりと起こす。体のあちこちが痛い。ゆりっぺに落とされるのは通算何回目だろうか。最初あたりは数えていたような気がするが、もう数えるのはやめた。少年漫画の何千年も生きている長老キャラの年齢のごとく。
大体ゆりっぺに落とされたことについて文句を言ったところで、また突き落とす理由ができたとあの無駄に綺麗な顔が笑顔に歪むだけだ。それも何だか癪なので、もうゆりっぺにどうこう言うのはやめた。

「日向くんも落ちたんだね」

隣にいる大山も今気付いたらしく、体を伸ばしている。

「誰かさんに落とされたんだよ…勘弁してくれよなぁ」

あはは、と大山は笑うが全然笑い事じゃないぜ。はぁ、と息をつき肩を回す。残っていた奴はゆりっぺ、音無、椎名、藤巻だったか。ゆりっぺは元気みたいだが、他は大丈夫なのだろうか。まぁ、それを確かめるためにもゆりっぺの命令通りにするべきだろうな。

「さぁて、行くか」

立ち上がり腰をはたく。制服が破れていないようで安心する。直すの苦手なんだよな、とそんなことを考えながら大山の方を見ると辺りを見回して何かを探しているようだった。

「何してんだよ」
「藤巻くんの長ドスが…」
「長ドス?」
「僕と一緒に落ちたんだけど…あ!あった」

大山が駆け寄った先には藤巻の長ドスが落ちていた。大山は長ドスを拾い上げると、埃を丁寧に払う。

「これ、持っていってあげようと思って」

やけに嬉しそうだ。長ドスを見つめる表情まで幸せそうっていうか愛おしそうっていうか…。

「お前すんげぇ嬉しそうだな」

思わずそんな言葉が口から出たのは驚いたからだ。初めて見るような表情だった。

「そうかな?」
「ああ。お前、藤巻のこと大好きだろ」

そう感じた。俺も誰かにそんなに想われてみたいと思うくらいに。
俺の言葉を聞いた大山は再び長ドスに視線を落とし、何かを考え込む。意外だ。大山なら、直ぐに顔を赤らめて大げさに否定するものかと思っていたのに。

「…僕、藤巻くんが好きだ。すごく」

少しの沈黙の後、大山はそう言った。俺に言っているというよりは、自分に言い聞かせているように。

「へぇ…」

拍子抜けしてしまうほど素直な反応だった。俺の知らない間に大山は俺の手から離れていってしまったように感じる。出会った頃は、恋愛の話なんて振れないくらい純情なシャイボーイだったのに。寂しいな。
そんな感傷に浸っていたら、大山は気付いたように俺を見た。その顔は何故かどんどん赤く染まってゆく。

「なんか恥ずかしいこと言っちゃったよね?ごめん!」
「そんなことねーよ」

大山に近付いていって肩を叩いてやる。やっぱり純情なシャイボーイだったようだ。好きなやつのこと好きだと言っただけで、それほど動揺するとは。小学生よりウブなやつだ。藤巻もとんでもない相手を好きになったもんだ。苦労してるんだろうな。まあ藤巻もそんな大山だから好きなんだろうし、俺としてもそういう大山の方が大山らしいと思う。

「いいな。羨ましいぜ。そういう関係」
「…でも、僕がちゃんと好きでいること藤巻くんにはあんまり伝わってないみたい」

そう言って視線を落とした大山は、過去のことを聞いた時のように寂しそうだった。そんな顔をされると、俺としては何とかしてやらないとという気持ちになってしまうだろ。

「なんで好きだーって表現しねぇの?藤巻みたいにさ」
「僕には藤巻くんみたいなこと出来ないよ。恥ずかしいし」

確かに藤巻に嫌がられながらも絡もうとする大山なんて想像できない。いや、大山がというより嫌がる藤巻の方が想像できないか。

「気持ちの伝え方がよくわからなくて」
「それなら、藤巻にさっき俺に言ったこと言ってやれよ」
「さっき言ったって…?」
「すんげー好きだってことをな。そっくりそのまま言うだけでいい。俺ならそうする」

大山がそれができないと言うのなら、それでいいと思う。結局は大山がどうしたいかだ。でも俺は本当の所、大山は愛の表現の仕方をわかっているような気がする。ただそれが本当に合っているのかわからなくて、誰かに背中を押してもらいたいんじゃないだろうか。
大山は俯いてしばらく考え込むと、思い切ったように顔を上げた。

「僕、言うよ」

俺は満足げに頷く。自分で考えてそうしたいって大山は思ったんだ。大山のことをかわいいと言っていたのが急に遠い昔のことのように感じられる。こいつのことをかわいいと言ってやるのも、もう俺の役割じゃないんだろう。

「じゃあ早く行こうぜ。ゆりっぺにまたなんか言われちまう」
「うん」

長ドスを見つめながら大山は頷いた。藤巻は俺に感謝するべきだ。






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