視力が悪くなっていた。前からそんなによかった訳ではなかったけど、日常生活には支障がなかった。でも最近は前は見えたものが見えなくなったと感じることが多くなって、悪くなってきているってことが自分でもわかるほどになっていた。
「おーい!立向居!」
振り向くと、綱海さんが手を振っていた。綱海さんの表情はぼやけて見えない。俺は手を振り返す。綱海さんは俺が手を振り返したのを確認して、走ってくる。近くに来てやっと、俺は綱海さんが笑顔だとわかった。
「さっきも手振ってたのによ」
綱海さんは口を尖らせて、俺を責めた。俺の記憶にそういったものはない。俺が綱海さんを見逃していたんだろうか。最近は遠くが見えなくて、違う人に手を振ってしまったり、知り合いに気づかなかったりするようになったから。
「すみません。たぶん見えなくて、」
「あれ、お前視力悪かったっけ?」
「最近悪くなってきてるんです」
「おいおいキーパーやるには視力大事だろ」
綱海さんは顔をしかめて、俺の顔をのぞき込む。俺は返す言葉もない。
俺が落ち込んだと思ったのか、綱海さんはニカッと笑った。
「まあメガネもコンタクトもあるしさ。心配すんなよ」
いつものように肩を叩かれた。そして、いつものように綱海さんが笑ってる。でもピントがなかなか合わなくて、目が霞む。こんなに近くもぼやけてしまうようになってる。そうだ、この人のこともじきに見えなくなる。
綱海さんの顔をレンズ越しに見ないといけなくなる。そんなの嫌だった。目に悪いことは避けているのに、自分ではもう視力が悪くなっていくのは止められないんだ。こんなに近くにいるのに見えなくなってしまうなんて。眼鏡もコンタクトも無しに、この人のことを見れるような距離に近付くことができる自信は俺にはないのに。
「どうした」
綱海さんは考え込んでしまった俺を、またのぞき込む。今度は心配そうな顔で。まだ俺には見えている。
「いえ」
なんて、感傷に浸って馬鹿なことを考えていた。でも俺がこんなに綱海さんのことを思ってること、この人は知らないんだろうな。