稲妻11 | ナノ

それはお前の優しさ

「綱海さんはブラックコーヒーですね」

俺は頷いて、立向居の指が俺の触ったことのないボタンに延びるのを見ていた。
俺は苦いのははっきり言って嫌いだった。それなのにブラックコーヒーを飲めると言ってしまったのは、立向居のせいだ。飲めないと言うのがなんだか恥ずかしい気がして、見栄を張った。いつもだったら飲めないものは飲めないと言うけど、こいつが最近俺のことを可愛い可愛いっていうもんだからかっこいい所を見せようと思った。男にはかわいいじゃなくてかっこいいって言うべきだろって言ってるのに、こいつは綱海さんはかわいいですって、馬鹿の一つ覚えみたいにそれしか言わない。可愛いなんて俺を形容するのに一番相応しくない言葉だ。ブラックコーヒー飲めるなんて大人ですね、かっこいいですの言葉が俺は欲しかった。

立向居に渡された缶コーヒーはいつも買うジュースより小さかった。同じ値段なら、もっと甘いものが飲みたかったな。いやむしろ立向居が買ったみたいな紙パックのでもいい。苦くないものがいい。そんなことを考えながらやっと決心して、プルタブに手をかけた。開けて漂ってくるコーヒーの香りからして苦そうで、顔をしかめてしまう。しかもただのコーヒーじゃない。微糖だか無糖だか知らないが、ブラックコーヒーだ。一番苦いやつ。またコーヒーの香りが俺の鼻をかすめた。
情けないと思う、でも俺にはやっぱり飲めそうになかった。立向居に本当のことを言おう。今更だが、嘘をつくのは良くないし、何より俺の性に合わなかった。

「俺、本当は飲めねーんだ。コーヒー」
「え?」
「ごめん、嘘ついた」

俺が謝ってるのに、何故か立向居は笑顔になる。

「じゃあ、俺のと変えましょうよ」

立向居は俺が何か言うのも聞かずに、俺の手からコーヒーを奪っていった。そして押しつけられたのはどろり濃厚ピーチ味。
立向居はいい香りです、なんて呟いて涼しい顔してコーヒーを飲み始めた。苦くないのかよ、それ。いやそんな訳ないよな。ちゃんとブラックって書いてある。なんだ、立向居は飲めるのか。ブラックコーヒー。悔しいな。こいつ俺より年下なのに。結局かっこいいって俺は言われそびれていた。でも今回は嘘をついた俺の負けってことにしといてやる。



俺のどこに可愛らしい要素があるか知らないが、立向居は可愛いって思う所があるのかもしれない。俺が飲めないブラックコーヒーを飲む立向居を、俺がかっこいいと思ったように。でも俺はかっこいいなんてこいつに言ってやらない。こいつが喜ぶことは目に見えてるからだ。
立向居が俺に押しつけたジュースはすごく甘かった。立向居が俺から奪っていったコーヒーなんかよりずっと、ずっと、甘いんだろうな。やっぱりなんか悔しくなって、俺はストローを噛んだ。




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