稲妻11 | ナノ

ほんの少しそれを許した

綱海さん、という呼び方は気に入ってない訳ではない。が、他人行儀というか壁を感じる呼び方だとずっと思っていた。

「綱海さんって呼ぶのやめてもいいですか」
「なんで」

綱海さんは訝しげに俺を見た。最近の俺は何故かあまり信用されていないみたいだ。

「ただの俺の思いつきです」
「ふーん。なんて呼びたいんだよ」
「条介くん、とか」

俺は思いついたのを言ってみた。綱海と名字で呼ぶのはやめたかったし、条介と呼びきりにするのは違う気がして、くんを付けてみた。だけ。
しかし、綱海さんは俺を少し見つめてから顔を赤くした。てっきり怒られると思っていた俺は驚いた。こんなかわいい反応が返ってくるとは。

「条介くん、どうしたんですか」
「やめろ」
「なんでですか。条介くんっていいじゃないですか」
「なんでくん付けなんだよっ」

なんで照れてるんだろう。条介くんって呼び方好きなんだろうか。

「駄目ですか、条介くん」
「やめてくれよ…」

綱海さんに近付いてみる。今日は珍しく俺を拒まない。俺は調子にのって距離を詰める。

「じゃあ俺の呼び方変えて下さい」

綱海さんは何も言わない。いいよってことか、と俺は勝手に解釈する。

「勇気、って呼んでみて」

今度は敬語をやめてみる。綱海さんはこの変化に気付いてないだろう。敬語にこだわる人じゃないし。俺にとっては結構な変化なんだけど。

「ねぇ…」

もう俺は綱海さんからこんな距離に近付かれたら、どうしようかってくらい綱海さんに近付いていた。今日の綱海さんはデレている。しかも俺の理想のデレ。

「っ…」

顔が赤い綱海さんは、いつものように抵抗しない。恥ずかしがってる所がまたいい。

「ゆ…ゆうき、」

別に下の名前を呼びきりなんて、友達の間では普通のことなのにこんなに意識しちゃって。あえてつっこまないけど。
ただ、綱海さんは俺を見ずにいうものだから、目の前にいるのに俺は綱海さんの目に写ってない。ちゃんと俺を見てよ、綱海さん。勇気は俺だよ。

「条介、くん…」

キス、しますよ。俺の手が綱海さんの髪に触れる。いい雰囲気なんだから今回はもう抵抗しないでほしいな。
でもそんな切実な俺の心の声は届かず、綱海さんは気付いたように、俺を豪快に押し戻した。がんばって縮めた距離は一気に元に戻る。

「お前!いつの間にこんなにくっついてんだ」

もう、いつもの俺を拒む綱海さんだった。残念。

「流れで…」
「ああっやめたやめた!勇気なんて絶対呼ばねーから」

自分で聞いたくせに綱海さんは俺の言葉を最後まで聞かない。しかも俺は名前呼びまで逃している。

「あと、条介くんなんてもう呼ぶなよ」

念を押された。それまで無しなのか。年下である俺が、条介くんと呼ぶってことで特別になれるかと思ったのに。
まぁたまに下の名前をくん付けで呼んでみようかと思う。綱海さん本当は条介くんって呼ばれるの好きなんじゃないか。本気で怒っていなかったし、何故かかわいくなっていたし。




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