ユア キス キル ミー | ナノ




 私が知るゾルディック家というのは、暗殺に精通しているのに名前や姿を隠すこともなく全面的に明かしていて、家族全員が殺し屋で血も涙もないということだけだった。それだけしかないちょっとした情報だけどそれ以上彼らについて知ろうとは全く思わなかった。私だって曲がりなりにも暗殺者の端くれであるけれど、彼らと渡り合うような技術は持ち合わせていないし、もしも仕事で彼らと出会ってしまえばその仕事は放棄することにしている。それくらい私と差のある相手なのだ。詳細を知ったって如何こう出来るものでもない。だから今知っている以上に知ろうとは思わない。説明終了。
 だけど、私は今、猛烈に、今まででは考えられないくらいゾルディック家について知りたい。詳しく言えば、ゾルディック家第三子で跡取り候補のキルア=ゾルディックという彼についてもっと知りたい。だって情報の少ない私の脳味噌では到底考えられないのだ。彼が死にかけの私を助けた理由なんて。
 私が今寝転んでいる、皺の沢山入った白いベッドシーツは私のものではなくキルア=ゾルディックのものだ。断じて私のものではない。何故なら私はこんなに皺だらけになんてしておかないし、先程、キルア=ゾルディックが私の腹部の傷を治療しながらそれを伝えてきたからだ。
「食欲ある?」
 ガチャリと音を立ててドアノブを回したキルア=ゾルディックは反対側の手に林檎を持っていた。小さく左右に首を振って否定を伝えると、彼は静かにドアを閉めてベッドに近寄ってきた。カーテンで遮られて光が入ってこない真っ暗なこの部屋では彼がベッドのふちに腰掛けて漸く顔が認識できる程度だ。
「…なんで助けたの?」
 面識なんて何もない。有名だというだけの理由で彼のことを私が一方的に知っている、それだけの筈なのに何故、彼は私を助けたのだろうか。
 彼は私の問いには答えずに持っていた林檎を頬張った。水分が飛び散って頬に落ちる。ああ、拭いたい。でも腕を動かすのも面倒なくらい体が重い。
「あんた、最近売れてる殺し屋だろ?」
 売れている、の基準が分からない。だけど最近休みなしで仕事していたのは確かだ。曖昧に「たぶん。」と返事を返すと彼はふたくちめを頬張った。先程頬に付着した果汁がべとべとしだした、気がした。
「助けたのは気紛れかな。友達の影響かも知んね。」
「ふうん…。」
 つまり、その“友達”がいなかったら私はそのまま捨てられていたというわけだ。単純だけど複雑な感情が芽生える回答だなあ。そう感じるのはゾルディック家の人は友達なんていないと偏見を持っていたからだろうけど。「なあ、」不意に声を掛けられて視線だけで返事をする。
「傷痛む?」
「それなりに。」
「包帯巻いたの俺なんだけど。」
「ありがとう。」
「裸見たっつっても怒んねえの?」
「…道理で着慣れないシャツを着ているわけだよ。」
「あんたに興味持ったって言ったら、怒る?」
 つう、と頬に手を滑らされた。ゆっくりと、どこかあどけなさを残した端正な顔が近付いてくる。「なんで怒んなきゃなんないの?」私だって君のことがもっと知りたいというのに。ねえ友達がいるとかそれ以上のことも教えてよ。
 弧を描いたキルア=ゾルディックのくちから覗いた温かな舌は頬に付着した果汁をべろりと舐め上げると、冷えた私の唇と重ね合わさった。ぐちゅぐちゅと荒らされる口内は林檎の甘味が広がって、何故だかその甘みが腹部に巻かれた布を赤く染めた気がした。



ユア キス キル ミー
20120131/is